4.ダンジョンでメソトスコーラしたらヤバすぎたww


「さてと、どうやって出よっかー?」と、呑気に吾妻は見上げる。

 穴までの高さは目測10m。よくこれだけの高さから水に落ちて無事でいたな、って三階から飛び落ちたこともあったっけ。


 針の穴のように小さいが、あそこまでなら彼女を抱えて跳んで出られる……が、せっかく何も気付いてないようなので、なるべくそういうのは見せずに済ませたい。

 本来なら救助隊が来るだろうが、ここに立ち入る際「連れが先走って」と門番に言ったから、しばらく来ないだろう。騒ぎもなるべく抑えたかったし。

 かと言ってこのまま居続ければ、吾妻が低体温症に陥るかもしれない。


「東くん、もしかしたらここって温泉なのかな……シュワシュワしててあったかいよ……」


 もう手遅れのようだ。

 地底湖の水温は10℃。温泉は温泉でもここは水風呂のようなものだから、唇が紫色に変色している。

 とりあえず魔物の上に引き上げるが、早いとこ脱出したい。跳んでいくのもやむなしか……。


「うぅ、寒い……。あーあ、あんなにもシュワシュワ泡が出てるなら、そのままフワフワーって地上まで乗っていきたいよ」


 普通の人間は気体に乗れない。可能性として、自然法則を無視したダンジョン内や、獲得した──そうか。ここはダンジョンか。

 辺りの様子を伺う。

 泡の正体は炭酸水……頭上には大小様々な多孔質の鍾乳石が、いくつもぶら下がっている。

 なるほど、面白い環境だ。


「吾妻さん、メソトスコーラって知ってるか?」

「もちろん! 動画で何度も見たよ! それがどうしたの?」

「これからNewTuber、もといダンジョンストリーマーとして華を咲かせるんだろ。最初は派手にした方が」

「いい!」


 テンションが上がってきた彼女に、俺は浅瀬に落ちている白い石──人骨か──を取って渡す。


「えぇっ、いらない」

「プレゼントじゃない。これを中央に見えるあそこの巨大な鍾乳石に投げつけてほしい」

「え? 鍾乳石? ……見えないけどなぁ」

「とにかく空に向かって投げてみてくれ。きっと面白いことが起きる」

「バズるってことだね。わかった!!」


 吾妻は人骨を両手上投げで遠くへと投げた。

 やはり運動神経はいいのだろう。惜しいところまでは飛んだ。

 なので、一緒に拾っておいた別の人骨を吾妻の死角から俺も追って投げた。

 鍾乳石が見えないならちょうどいい。俺が投げた物が大きな音を立てながら鍾乳石の根元を粉砕し、巨大な先端部が地底湖へと落ちる。


「うわ、なに!? よくわかんないけど一発で当たった!? わたし天才!?」

「あぁ、もはやだな」

「やっぱり〜?」

「じゃあ、しっかり掴まって。あと、息も止めて」

「え? うん。ハー……んぐっ」


 空気をめいいっぱい吸った吾妻は息を止めると、顔のパーツがギュッと中央に寄った。俺は彼女が離れないよう抱き寄せる。


「んんっ!?」


 小さな泡が、いずれ大きな泡をボコボコと生み出していき……

 ──次の瞬間、地底湖が爆発し、行き場を失った水と空気が穴に向かって一気に流れていく。


「んんんんんんっ⁉︎⁉︎」


 先頭を行く魔物の頭にしがみついた俺たちは、穴から飛び出しそのまま森を抜けてダンジョンの入口まで流されていった。



   ◇ ◇ ◇



「ぅへっ、くしゅん‼︎」


 全身炭酸水に濡れた吾妻は、春の夜の冷えた空気に触れて盛大なクシャミをした。

 風邪は引くかもしれないが、他に後遺症はないだろう。ムサシノダンジョンから無事に吾妻を連れ出せた。


「……いやー、わたしのおかげでダンジョンから出られてよかったね! 東くん!」


 彼女は俺を連れ出したと思い込んでいるが、それでいい。この調子でいるなら風邪も引かないだろうな。

 近くの自販機で温かいコーヒーを──「あ、わたしコーヒー飲めない。隣のがいい」


 ……温かいジャスミン茶のペットボトルを追加購入して渡し、俺がコーヒーを飲んだ。

「ぷへー……沁みる……」と、彼女が一服している間に、迷惑をかけたダンジョンの管理者にあたる公務員や門番に頭を下げた。

 すると、向こうの方が深く頭を下げてきたので、吾妻にバレないよう適当にいなし、すぐに別れた。


「東くん、東くん。見て、あれ。来てるよ」

「メディアな」

「どうしよう、取材されるかな? 華々しいデビューになるよね⁉︎」

「元々、ライセンスカードを提示せずに勝手に一人で入った女子高生がいるとの通報を嗅ぎつけたメディアみたいだ。多分ネットニュースに小さく載るくらいだと思うけど……」

「へー、悪い子もいるもんだね」

「………………」

「……へ? わたし⁉︎ いやいやいや! ライセンス見せたって!」

「見せて」


 吾妻はいつでもダンジョンに潜れるように、ライセンスカードだけは準備してたのか。

 それでも未成年のソロは禁止されてるが……って。


「これは……」

「A級のライセンスカード! カッコ手作りカッコとじる


 制服のポケットから出てきたのは濡れてぐちゃぐちゃとなった紙。水性ペンで書いてたから、何と書いてあるかもう読めない。


「えへへー、まだ資格取得できないから作っちゃった♪」


 脳天にチョップしてやった。


「あいたー!?」

「何やってんだ。ちゃんと違法だろ」

「だってぇ……」


 ……はぁ。

 今回はのおかげでうやむやにしたが、本来ならば逮捕とまでは行かなくても、学校や自宅に連絡されるまでのことはしている。


「……あれ、東くんが入ってきたってことはライセンスカード持ってるってこと?」

「え。あぁ……B級のな」

「え、すごいじゃん! 見せて見せて!」

「断る」

「なんでぇ!?」

「……あれだ、写真が上手く撮れなかったんだ」

「あぁ、証明写真は3割ぐらいになるという都市伝説だね。聞いたことあるよ! そっかー、なら仕方ないけど、これでB級までのダンジョンなら入れるってわけだ!」


 これで許されたのか。この子、本当に疑うことを知らないんじゃないか?


「いやー、いいをスカウトしたなー……」


 ……人材な。


「あぁっ!?」

「今度は何だ」

「……スマホ。壊れてたから撮影してない、バズれない! しかも連絡できない! 定期もスマホに入ってるのだから家に帰れない!」

「……お金貸すよ」

「わぁ、ありがとう!」


 そして、ゴールデンウィークも明けて一ヶ月経った現在も、電車代は返って来ていない。

 それと、スマホを壊したこととダンジョンに不法侵入した連絡が入ったことで、吾妻は泣くほど母親に怒られたらしい。

 撮影機材にもなる新しいスマホに、最低限の装備、ダンジョンまでの交通費など、お小遣いを制限された吾妻の出費はかさむばかりであった。

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