3.【初探索】挑戦!ムサシノダンジョン!


『こんにちはー! 吾妻舞莉です! ……って、本名はダメか。それに挨拶もオリジナルの考えた方がいいよねー。んー……まぁ、あとで編集して変えるか!』


 ムサシノダンジョン。

 危険等級はB級。

〝攻略間近〟に該当するダンジョンである。


『みてください、これ! わたしは今ダンジョンにいるんです! 洞窟の中に入ったはず、なのに……森が広がってるんです! 洞窟の中なのに! ちょっとだけ明るい! 洞窟の中なのに!』


 広大なダンジョン内部には、地から天井まで伸びる木々が立ち並び、どこからか木漏れ日のような明かりが差し込んでくる。

 何も知らずにここに立たされたら、外だと勘違いしてしまうほどの立派な雑木林だ。

 普通ではありえない光景。しかし、これがダンジョンの特徴である。


『他に探索者は見当たらないですねー。魔物もいなさそー。攻略間近なダンジョンなんですけど、ボス部屋がなかなか見つからなくてみんな諦めてるみたいです。まぁ、なので今回はわたしがボスを見つけて、それをバシッと倒してやりますよ、ギャッ!?』


 スマホのレンズばかりと見つめ合っていた吾妻は、草むらの中に隠れていた落とし穴に気付かず、そのまま落ちてしまった。




「──プハッ! ……うぇぇ、何ここ湖? うわーさいあく、ビショビショだぁ……あ、でもなんかシュワシュワしてて、たのしーかも、って、あぁ!?」


 吾妻は目の前に沈んでいる自身のスマホを掬い出す。

 電源を付けようとするも画面は真っ暗のまま。水没。スマホは救えなかった。


「……さいあくだぁ。帰ったらお母さんに何て言おう。か、隠せばバレないかな……いや、ダメだ。ぜったいバレる。そしたら、もっと怒られる……! で、でも……その前にどうやって帰ればいいんだろう」


 落ちてきたところを見上げれば、遥か高いところに光が差し込む小さい穴が。

 どこまでこの地底湖が広がっているかは不明だが、かめ壺状になっているようで、足場はなく簡単に壁を上れそうにはない。

 水の透明度は高いが、それでも深さが底知れない。落ちたのが手の届く壁際で良かった。

 また、ずっと泡がプクプクと出続けている。

 この場を照らす光は穴から差す薄明かりのみ。


「暗いし、ライトつけよ……スマホ壊れてる!?」


 ここから帰れないかもしれない恐怖に加えて、冷たい湖水が身体を刺すように冷たい。


「寒い……助け呼ばないと……スマホ壊れてる!? うわーん! 誰かー!! たすけてー!!」


 吾妻が騒ぐと水面が揺れ、呼応するかのように徐々に大きな波が生まれていく。

 目の前が盛り上がっていき、水中から何かが出てきた。

 全体像が見えない、大きな巨人──魔物のダイダラボッチだ。

 ダンジョンの出現で、今までの都市伝説や怪異の伝承は、実は全て魔物だったのではないかと、新しい都市伝説が考察系NewTuberによって広まっている。


「……お、おぉふ、もしかして助けてくれるの……!?」


 が、何も知らない吾妻は、目の前の魔物を信用し始めていた。


「えへへっ、ありがたいなぁ……ん?」


 壁にもたれかかるように立ちあがろうと、沈んでいる白い石を支えにする。しかし何か変だ。

 ──骨だ。人間の頭部の骨だ。

 すぐさま魔物を見ると、口を大きく開けて迫っていた。


「あ、食べるかんじ……わたし、おいしくないよ。肉付きはいいけど、たぶん味はさいあくだよ! わぁぁぁ!?」




「──間に合った」


 魔物は上から降ってきた何かによって、水面に叩きつけられた。

 大きく立ち上がる水飛沫。

 全て降り注いだ後、泣きながら顔を伏せていた吾妻が見上げると、気絶し浮き上がる魔物の頭部に東亮が立っていた。


「あ、東くん……! 東くんも落ちたの? 意外とおっちょこちょいなとこあるんだねー」

「……まぁ」

「けど、ナイス! たまたま魔物の上に落ちてやっつけたみたいだね。いやー、食べられるところだったよ〜、ありがとう!」


 呑気に感謝する吾妻──


 ──こいつ……何も気付いてないのか?

 ダンジョンに突入してすぐ、地中から助けを呼ぶ声が聞こえたから急ぎそちらに向かうと、地面に小さな穴が空いていたことに気付いた。

 この魔物……この地域で言い伝えられている妖怪ダイダラボッチか。

 こいつに喰われそうになっていたので、躊躇せず飛び込み、そして頭上に一撃、踵落としをお見舞いした。


 おそらくその瞬間は目を閉じていたのだろうけど、それにしても彼女は周りが見えていないのか、状況判断能力が欠如しているというか……それともありのままを純粋に受け取るほど、綺麗過ぎる心の持ち主なのか。


 とにもかくにも、このまま放ったらかしに生きてたら吾妻が危険な目に遭うのは間違いない。か、何かやらかす。

 引き止めるのが無駄だとしたら、そばでいつでも守れるようにした方が早いか。

 

「吾妻さん、さっき言ってた件、引き受け──」

「ほんとに!? ありがと!!」

「まだ最後まで言ってないんだが」

「でもオッケーってことでしょ? だってそれを言いにここまで来てくれたんだよね」


 本当は助けに来た……が、(安心して。自分が探索者としてカメラマンは守ってあげるからね!)と言いたげな顔をしている。


「安心して。自分が探索者としてカメラマンは守ってあげるからね!」


 やっぱり言った。


「稼げるんだよな」

「うん! 大金持ちになれるよ!」

「なら、吾妻さんには売れてもらわないと困る。計画はこっちで考えるから、今日みたいに一人突っ走って勝手な行動をしないこと。それが協力する条件だ。分かっ──」

「うん! わかった!」


 返事だけはいつもいいな。

 本当に大丈夫だろうか……。


「東くん、約束するよ。わたしは絶対いちばん人気で有名なダンジョンストリーマーになる。いーっぱい楽しい冒険して、いーっぱい稼ごうね! それまで、わたしたちはバディってことで! だから、これからよろしく‼︎」

「……ああ。俺も約束は守るよ。こちらこそよろしく、吾妻さん」

「うん!」


 こうして俺は、そそっかしい彼女を守るため、夢に向かって走る彼女を支えるため。そして、輝く瞬間を見届けるため。

 吾妻舞莉と共に、ダンジョンストリーマーを始めることとなったのだ。



 ──ただ、一つだけさっそくお願いしたいことがあった。


「……とりあえず、これ着てくれ」


 俺は自身のブレザーを吾妻に投げ渡し、受け取ったのを確認すると目を背けた。


「ん? なんでー?」

「これから世間に見られる者として、色々と注意して欲しいってことだよ……」

「んー? ……あ」


 制服姿のまま来た吾妻も自身の濡れた胸元を見て、気付いたのだろう。


「おぉ……えへへ、東くんのえっち」


 ……守るべきものは多く、苦労が絶えなさそうな気がした。

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