ムサシノダンジョン
2.みなさんはじめまして!吾妻舞莉です♪
──吾妻舞莉と共にダンジョンストリーマーを始めたキッカケは一ヶ月前に遡る。
「ねぇ! ひま!?」
ある日の放課後、帰宅準備のため教科書をリュックに入れようとした矢先、背後から声をかけられた。
高校二年生の春。
青春真っ只中の時期と言われているが、部活もバイトもなければ塾すら通っていないので、「まぁ」と言わざるを得なかった。
「そっか! じゃあ、わたしを編集しない⁉︎」
「……吾妻さん、意味が分からないんだが」
「お、わたしの名前は知ってたみたいだね。
「後ろの席だからな」
五十音順ならば学年一早いので、どうクラスが振り分けられようとも席が一番左前になる。
そして、学年二に早い彼女と同クラスになれば、どうあがいても席は前後となる。去年もそうだった、一月経てば席替えはあるけども。
「あ、編集者になってくれてありがとう」
「まだ何も言ってないけど」
「ぜったいオッケーしてくれるから、だいじょぶ。だって……稼げるんだよ。有名になるよ〜? 今いっちばん人気の職業だよー?」
人気職業だからこそ生き残るのは難しい。
吾妻はみんなからチヤホヤされるほどに可愛くて明るいから、ひとたび注目が集まれば余裕ある生活ができるほどには稼げるだろう。
だが、[かわいい][楽して稼げる]の言葉を素直に受け取るアホさも兼ね備えてるので、戦略的なものも皆無なはず。
授業中はイビキをかきながら机に頭突きする。
後ろから回されるテストプリントには、梨におじさんの足が生えたよく分からない落書きがされている。多分ダンジョンのオリジナル魔物をテスト中に生成している。
「NewTuber、だったか」
「うん! その中の〝ダンジョンストリーマー〟というダンジョンで配信するジャンルだよ! 楽しい冒険しながら稼げるし人気になれるって最高じゃない⁉︎」
「同時に、死と隣り合わせの危険な職業でもある……危ないから辞めた方がいいと思うよ」
「だいじょぶだいじょぶ! わたし、運動神経いいから! 傘持って三階から飛んでもケガ一つしないし、たくさんの山を十秒したことだってあるし!」
「縦走な」
このように頭を使うのは大の苦手だが、人の何倍も活躍できる運動能力にステータスを全振りした女の子。
そんな彼女と実はずっと同じ学校で、小学生の頃からずっと見てきたからこのことは知っていた。
「それで何で俺に声をかけたんだ」
だが、今までこうして直接話したことはない。関わらなかったからこそ誘われる理由が分からない。
一言もダンジョンに行きたいなど俺は友達に語ったことがないし、そもそも友達がいない。
「それには琵琶湖よりも深ーい理由があるんだよ……」
「……何?」
「今日さ、情報の授業あったでしょ? あれでさ、表作るのめっちゃ早かったじゃん! それでパソコンに強いのかなーって」
「理由浅っ」
神妙な面持ちをしてたくせに、潮干狩りで乱獲できるくらい理由が浅かった。
授業で割り当てられるコンピューター室のパソコンは出席番号順で固定なので、隣には吾妻が座る。
人差し指だけでキーボードを押す。確かに彼女はとても動画編集ができそうには思えないパソコンスキルだった。
だからといって早くできた俺が編集スキルあるとはならんだろ。
「ね! おねがい! 人助けだと思って! 少しだけでも……!」
「吾妻さんならちゃんと手伝ってくれるいい人が他にいると思うけど」
「もうみんなにはフラれてる」
「俺が最初じゃないのかよ」
まぁ、これも知っている。
吾妻のダンジョン欲は有名だ。
仲間に勧誘しようとして振られたり、逆に勧誘されそうになっても都合が合わなかったりと、ずっとダンジョンに行けない日々を過ごしている。
高校生活に加えて塾に部活に課外活動などがあれば、生半可な能力では時間に追われ、ダンジョンストリーマーとしてしんどい思いをするのは分かっている。
それに仕事は編集だけではない。
「撮影は自分でするのか?」
「もちろん! ……まぁ、やってくれる方が助かるけど〜」
本当はダンジョンに行ってみたい若者も多いだろうが、当然、そこには魔物が蔓延り、罠が敷き詰められている。
──最悪の場合、命を落とす。
命が惜しいのは人として当たり前だ。
むしろ、俺と同じように吾妻を引き止めようとした友達だっているだろう。
「まぁ、ムリならごめんね! わたし一人でやるからさ!」
だが、彼女はもう止められない。
吾妻の運動神経なら魔物に出くわしても逃げられるだろうが、罠には真正面から突撃していくほどには馬鹿だ。
高校に入学してから一年間、彼女はずっと仲間を探し続けていた。
法律上、ダンジョンには、16歳未満は立入禁止、先々月規定に達した吾妻でも、18歳未満はソロで潜るのを禁止されているから入れない。
ただ、このままだとそれすら無視して勝手に行ってしまうかもしれない。
吾妻舞莉が危険な目に遭うのだけはダメだ。ならば──
「……分かったよ」
「よぉし! 思い立ったらキッチン! ムサシノダンジョンに行ってくる!」
「まずは吾妻さんの装備を揃えて──えっ。お、おい!」
話も聞かずに、吾妻は教室から飛び出して行った。実行に移るのが異常に早すぎる。あと、吉日な。
ムサシノダンジョン──ここから約30分ほど電車で乗り継いだ場所にある。
危険等級はB級。
全6段階の内、上から4番目と危険度が高いわけではないが、B級の探索者がいないと入ることを許可されない。
つまり、吾妻は16才になってからたった2ヶ月で、既にB級探索者を示すライセンスカードを持っているのか? ソロ活動でどうやって?
……いや、持ってないな。
さっき女子高生が勝手に入っていったと、入口を警備する門番が上に報告して、ムサシノダンジョン周辺が騒然としている。
たまにこういう不法侵入する奴がいると、ネットニュースになることがある。炎上系ストリーマーにでもなるつもりかよ。
俺は連れ帰るべく、門番に堂々とライセンスカードを見せて、ムサシノダンジョンに入って行った。
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