第7話
その7 『 カブトムシ の結婚 』
トンボ を助けた博士は、翌日、何となく クモ に申し訳ないような気がして林に行くのを止めた。仕方なく窓を開けてぼんやりしていると、何かが凄い勢いで飛び込んできた。それは博士の頭の上にとまった。
「君は誰? もしかしたら私に会いに来たのかい?」 博士が見えない相手に向かって言った。
「・・・・。」 もちろん、答はない。
博士は頭にそっと手をやると指で摘まんで目の前に下ろした。
「うわっ、カブトムシ だ。ずいぶんと小さいな。だけどピカピカでなんて可愛らしいんだ。」 博士は見とれてしまった。それから、
「よし、君の話を聞こう。」 そう言うと、カブトムシ を連れて研究室に急いだ。さっそく装置の中に入れてスイッチを押した。
すると、カブトムシ はいきなり大声で話し始めた。
「博士、お願いです。力を貸してください!」
「おっと、いきなりそんなこと言われても、訳がわからないじゃないか。」
「あっ、すみません。とても急いでいたもので。
「フム。で、何をそんなに急いでいるんだい?」
「はい。じつは僕の未来のお嫁さんのことなんです。」
「えっ、未来のお嫁さん?」
「そうです。プロポーズを受け入れてくれそうな彼女が見つかって、もう少しで結婚するところだったのです。」
「・・ということは、結婚できなかったの?」
「そうなんです。その彼女がさらわれてしまったから。」
「さらわれた、って誰に?」
「人間にですよ。」カブトムシ は憎らしげに言った。
「人間に?」
「そうです! 人間が僕の大切な相手を連れさってしまったのです。」
「そうか。それは気の毒に。」
「気の毒? 冗談じゃありませんよ。気の毒に、くらいで済ませてもらうためにここに来た訳じゃありませんから。」
「確かに。君にとっては一大事だね。」
「そうです。やっとわかってもらえたみたいですね。」
「うん? でも、私にどうしろと言うのかね?」
「そんなの決まってるじゃないですか。その彼女を見つけてほしいんですよ。」
「無理!」博士が即答した。
「なんで?」
「だってね、人間なんて沢山いるんだから、だれが連れていったかなんてわかるはずないじゃないか。」
「そ、そうですか。友だちに相談したら、博士なら見つけてくれるかもしれない、って言われたから期待してやってきたのに・・。」 カブトムシはガックリ角を落とした。
博士は落ち込んでしまった カブトムシ に何と言って慰めたらいいか、必死に考えていた。彼が自分を頼って来てくれたことも嬉しかったのだ。
そして言った。
「カブトムシ君、君の期待に応えられなくて申し訳ないが、これから別の彼女を探す、ってわけにはいかないのかい?」
「これから? 冗談じゃありませんよ。あのですねえ、僕は大人になってからというもの、毎日毎日、本当に一生懸命にお嫁さんになってくれる人を探していたのです。でも、なぜか、毎回、振られてしまって、そうしているうちに、いつの間にか夏も終わりに近づいてしまったのです。」
「そうか。そりゃ、ずいぶん辛い思いをしたんだねえ。」 博士は人ごととは思えず、心から同情した。
「はい、その通りです。でもやっと自分のことを気に入ってくれそうな相手を見つけて、いよいよプロポーズするところだったのです。ついでですが、その人間は少し離れたところにいた、僕よりもかなり身体の大きなオスも一緒に連れていきました。」
「何と! そういう訳か。それじゃあ、もし見つけてもダメだ。もう諦めるしかないな。」
「ええっ、なぜですか?」
「あのね、それはペアリングと言って、人間が君たちのオスとメスをつがい、つまりペアにして同じ部屋に入れて結婚させることなんだ。」
「えー、そんな・・、ひどいじゃないですか。彼女、きっと今頃僕に会いたがっているかもしれない。」
「うん。そうかもしれないね。でももう二度と会えない。君は苦労して見つけた運命の相手を人間に奪われてしまったんだね。」
「ああ、悲し過ぎます。目の前が真っ暗だ。ねえ博士、僕にとって相手探しがどんなに大変だったかわかりますか?」
「もちろんだよ。」 博士は心からうなづいた。
「僕はかなり小さい。メスから見たら頼りなく見えるでしよう。でも力では誰にも負けません。つい先日だって オオクワガタ に勝ちましたからね。ワハハ。それを見て、彼女は僕のことを好きになってくれたんだと思うんですよ。」 カブトムシ は一瞬笑った後、すぐに顔を曇らせた。
「そうか、オオクワガタ か。あのね、水を注すようだが、それは勝ったというよりも、木の上から投げ飛ばしたということではないかな?」
「ええ、まあそうですけど。」
「やはりそうか。君たち カブトムシ は木にしがみつく力が強いからね。でも オオクワガタ はその力が弱いからすぐに落ちてしまう。それに本来戦いを好まないんた。」
「えっ、だってあんなに強そうじゃありませんか。」
「まあ確かにに強そうではあるが、実はあまりエサ場の取り合いもしないし、静かに生きているんだよ。」
「へえ、そうだったんですか。さすが昆虫博士だけのことはありますね。」
「いやぁ、これくらい誰だって知っているよ。」 博士は鼻の穴をちょっと膨らませて自慢気に カブトムシ を見た 。
すると、彼は下を向いて涙が光ったように見えた。
「ああ、僕、そんなこと聞かなければ良かった。だって僕は オオクワガタ に勝ったと思ってから自分に自信が持てるようになったのです。だから彼女もそんな僕を好きになってプロポーズにも成功しそうだったと思ったのに。」
「そうだったのか。それはすまなかったね。」 博士は心底申し訳ないと思った。そして続けた。
「あのね、私には君の気持ちがよくわかるんだ。異性に振られるのはとても辛いことだからねえ。」
「えっ、あなたも振られたことがあるのですか?」
「もちろん。何度も何度もね。」博士の声が大きくなった。
「その度に悲しい思いをしたんだ。」
博士の目から涙が溢れた。それを見て カブトムシ が言った。
「博士、僕たちどうやら似た者同士のようですね。」
「うん、そうだね。その通りだ。あ~あ、どこの世界にもなかなか相手の見つからない者がいるってことだね。」
「いいえ、博士、それは違います。僕は、見つけたんですよ。」
「ああ、そうだったね。それでは今夜はそんな君を励ます会を開こう。一緒に酒でも飲もうじゃないか。」
「あの、僕、お酒飲めませんよ。」
「そうか・・。それなら君のために、特別美味しい樹液を用意しよう。商売がら、ここには君たち昆虫の大好きな物がたくさん用意してあるんだ。」
「博士、やったー、って言いたいところですが、ダメです。」
「えっ、なんで?」
「僕にはもうあまり時間がないんですよ。あなたに言われて夕べの彼女のことは諦めました。だからこれからまた相手を探しますよ。」
「あ、そうだったね。すまない。勝手なことを言って。でも残念だなあ。」
「すみません。でももしかして無事結婚できたら必ず戻ってきます。お嫁さんと一緒にね。」
「そうか、それは嬉しいなあ。楽しみに待っているよ。頑張れ!」
「はい。」 カブトムシ は角を思い切り上に向けてきっぱりと言った。
博士は蓋を開けた。彼は勢いよく飛び出していった。
「彼が戻っできたら、三人でお祝いしよう。」 ・・、博士はクスッと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます