第2話

その2 『カマキリの苦悩』


「さて、お次はこの カマキリ 君だ。今度はお手柔らかに頼みますよ。」


博士は カマキリ を装置の中に入れてスイッチを押した。するといきなり、

「おーい、なんだなんだ! 俺様をこんなところに入れやがって。一体なにするつもりだ。」

「おおっと、随分と威勢のいい カマキリだな。」

「フン、余計なお世話だ。お前、聞こえなかったのか。俺は何の用だと聞いているんだよ。」

「ああ、ハイハイ、私は昆虫の研究をしている佐藤という博士だ。私は君と話がしたいんだよ。」

「話? 冗談じゃないぜ。俺はお前ら人間なんかと話なんてごめんだね。」

「おや、それはなぜかね? 」

「なぜって、そりゃあ決まってるだろ。特にオスのお前だよ。いや、お前らオスと言った方がいいかもな。」

「え、私たちオス? 」

「そうだよ。あのな、お前ら人間のオスは恵まれ過ぎているんだよ。」


「へえ、そうですかね。で、どうして?」

「ケッ、そんなこともわからないのか。呆れて物も言えやしない。」

「悪いね。すまんが教えてもらえるかね。」

「おう、仕方ない、教えてやるよ。それはなあ、お前らがさほど苦労もしないで、結婚してさ、子どもが生まれてさ、その後ものうのうと生きていける、ってことだよ。」

「のうのうと?」

「そうさ。俺たちはそうはいかないんだ。」


そこで博士はふと考えた。そして軽く手を叩いてから言った。

「ああ、確かにその通りだね。」

「お、わかるのか。そいつは話が早い。それで、なにがその通りなんだ?」

「ええとだね、君たち カマキリ のオスは、メスとの交尾が終わると食べられてしまうことが多い、ということではないのかい?」

「まあ、違っているとは言わないが、それだけじゃない。」

「そうか、それなら少し詳しく話してもらえるかな。」

「いいだろう。よく聞けよ。俺たちカマキリのオスは子孫を繋ぐために、元気なメスを見付けて子作りをしなくちゃならない。だけどな、仮に見つかったとしても、その先がとんでもなく大変なわけよ。」

「とんでもなく?」

「そうさ、お前ら人間のオスには想像もつかないくらい大変なんだよ。なにしろ、交尾する前からすでに恐ろしいことが待っているんだからな。」

「交尾する前から?」

「あのな、仮に相手を見付けて近づこうとするだろ? でもその時、下手するとメスたちが俺たちのことを獲物と間違えて襲いかかってくることがあるんだよ。頑張って子孫を残そうとしている俺たちの崇高な目的に気付くこともなく、あの大きな鎌で押さえつけて喰ってしまうんだ、」

「うん、知っているよ。確かにそうだね。でも上手くいく確率の方がずっと高いはずだけどな。」

「確率? そんなもの俺様にとっては何の意味もないね。だって、上手くいかない場合だってある、ってことなんだからな。上手く交尾を済ませ、喰われる前に逃げられる保証なんてないんだよ。」


博士の顔が曇った。

「ウーン、そう言われれば確かにその通りだな?悪かったね、君の気持ちも考えずに気楽に言ってしまった。」

「へへへ、意外と素直じゃないか。分かればいいってことさ。でもなあ、俺たちはお前らが本当にうらやましいよ。お前らはそもそも望めば、長い時間をかけて相手を見つけて、お互いの気持ちを通わせて子どもが生まれてくる。相手に喰われる心配もないし、上手くいけばずっと一緒にいられるじゃないか。俺たちはいつだって命がけなんだぜ。」

「ウンウン、そうだね。よく分かったよ。君たちはなんて過酷な運命を背負っているんだ。私など君に比べたら、これでも恵まれてると思わなくちゃね。」

「え、それはどういう意味だよ?」

「ま、私にはそんな相手もいないし。いつか昆虫より魅力的な人が現れたら結婚しようかな、くらいに考えてるところだからね。」

「な、何だって~? お前いい年していまだに相手も見つけられないのか。ヘン、なんて情けない奴だ。」

「・・・・。いい年してなんて、まさか カマキリ に言われるとは思わなかったな。」

「へへ、これに懲りて、これからは少し真面目に相手を探すんだな。」

「はい、わかり、・・・・、うるさい! そんなの私の勝ってじゃないか。放っておいてくれ。」


プチ! 博士は思わずスイッチを切ってしまった。というのは、博士はこれまで、本当は何人も好きな人ができたのに、毎回振られていたのだ。そしてその度に、大好きな昆虫の研究に打ち込むことで寂しさを紛らわして来たからだ。


「はあ、少し疲れたなあ。今日はこのくらいにして続きは明日にしよう。」

博士は カマキリ を林の草むらに戻すと、軽く食事をとって眠りについた。

しかし、夢の中で、メスのカマキリに追いかけられ、食べられそうになり、途中て目を覚ました。汗でシャツがビショビショになっていた。そして、

「ああ、私は人間で良かった。」と呟いた。





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