昆虫カウンセラー

@ohanashiarekore

第1話

プロローグ

ここは佐藤博士の研究所、郊外の里山の近くにある。博士は昆虫の研究を始めて三十年。研究を深めれば深めるほど、何とかして昆虫の気持ちを知りたいと思うようになった。

そこでここ数年はある画期的なマシンの開発に取り組んでいた。

そしてこの夏完成の時を迎えた。それは昆虫の思いを読み取って人間の言葉に、そして人間の言葉は昆虫の心に伝わるような信号に変換することができる、つまり人間と昆虫が会話できるという装置だ。

博士はこの発明を人々に発表する前に、研究所付近に生息する昆虫を見付けてきて試運転することにした。


その1 『 ガの不満 』


「 それでは、今朝林で見付けたこのガ の話を聞くとするか。」

博士は一匹の ガ を装置の中に入れてスイッチを押した。

「 おーい、君は ガ だな。」

「 ガ )ですよ。ガ に決まってるじゃありませんか。あなた方が勝ってにそう名付けたのですから。」

「 やったー、きちんと会話出来ているぞ。大成功じゃないか。」

「 あのー、お喜びのところ申し訳ありませんが、僕に何かご用ですか? 」

「 おっと、すまん、すまん。それでは始めるとしよう。」

「 始める、って何をですか?」

「ハハハ、昆虫と人間の会話だよ。どうだ、すごいだろ、ワクワクするね。」

「 しませんよ。こんなところに入れられてる僕の身にもなってくださいよ。」

「そうか、ちょっと狭いかな?」

「ちょっとじゃありません。狭すぎてイライラしますよ。」

「そりゃ、申し訳ない。でもね、君、済まないがしばらくの間そこで我慢してもらえないか。」

「嫌ですね。」

「まあ、そこを何とか・・。その代わり、君の話を一生懸命に聞くからさ。」

「そうですか、ま、いいでしょう。ところであなたは誰ですか?」

「私は君たち昆虫の研究をしている佐藤という博士だ。よろしく頼むね。さて、君は私に何か話したいことはあるかね?」

「そうですねぇ。不満なら色々ありますが・・。」

「ほう、不満ときましたか。昆虫にも不満があるとはね。」

「昆虫にも、って馬鹿にしないでくださいよ。僕だって生き物なんですから、不満くらいありますよ。」

「そうか、それではその不満とやらを話してもらえるかな。」

「別にかまいませんが、お話したら力になってくれるのですか?」

「ウーム、それは内容によるな。」

「なんだ、それじゃ、話しても無駄かもしれませんね。」

「いや、そんなことはない。不満というものは自分だけで抱え込まずに誰かに聞いてもらうだけで少しはスッキリすると思うよ。」

「フーン、そんなものですかねぇ。それじゃあ、お話しましょう。」


「フムフム。」博士がうなづいた。

「まだ、何も言ってませんよ。」

「すまん、気が早ってしまった。それで?」博士の心は沸き上がる好奇心で一杯だったのだ。

「あのですね。今、僕には悔しくて仕方ないことがあるのですよ。それは、」

「それは? 」博士の瞳が光った。

「それは、人間たちが、僕たちを嫌うくせに、 チョウチョ は可愛がることですよ。本来どちらも同じような生き物なのに、どうして人間たちは僕たちのことをこんなに嫌がるのですか?僕には訳がわかりません。なぜですか。」

「おやおや、なんだ、そのことか。 」

「なんだ、そのことか、っなんて。あなたも僕が嫌いなんですね。」

「いやいや、とんでもない。君はとても魅力的さ。僕は小さな頃から昆虫が大好きでね。たとえ ガ であっても嫌いになんかなれないよ。」

「 なんか引っかかるなぁ。まあ、魅力的なんて言われると、お世辞でも悪い気はしないけどね。」

「 ハハハ、私はお世辞なんか言わないよ。君のその羽、そこからこぼれ落ちるピカピカの粉、太くてたくましいその身体、本当に素敵さ。」

「いやぁ、そこまで言わなくてもいいですよ。」

「あのね、これは本当のことなんだよ。そして私のように君たちが大好きな者もたくさんいるんだ。だから自信をもってほしい。それから君がさっき言っていたことについてだが、実は私も気にはなっていたんだよ。ここ日本では違うもののように思われているが、国によっては区別されていないからね。」

「なるほど、そうでしたか。でもこの辺りでは僕を見付けると、不気味なものでも見るような顔して、追い払おうとしたり、時には新聞紙で叩かれそうになったことだってありましたからね。きっと僕たちのことを害虫だとか、汚なそうとか、勝ってに決め付けているのでしょ。僕はそれが許せないのです。」

「ウーム、君の気持ち、わかるよ。さぞかし辛いだろうね。」

「さぞかし? わかる? ・・。嘘だ。わかるはずない。だってあなたは ガ ではないですからね。そもそも日本人はどうして僕たちにこんなひどい名前を付けたのでしょう。どう考えても、気持ち悪そうな雰囲気が漂っているじゃないですか。」

「ウム、確かに君の言うとおりだ。 ガ なんて言われると、何だか嫌なもの、って感じだもんね。」

「・・でしょう。この際、あなたの力で改名してもらえませんかね。」

「ウーン、そうしてあげたいのはやまやまだけど、それはちょっと難しいなぁ。」

「なぜですか? あなたはこの装置を開発した本人なんだから、研究の成果として、これこれこんな訳で ( ガ ) がこんな名前じゃ嫌だと言っているから、代えてあげようと提案してくれればすむことじゃないですか。」

「いやいや君ねぇ、そう簡単にはいかないのだよ。」

「そうですか、がっかりですね。」


「あっ、でもね、君に一ついいことを教えよう。実は君たちには別の名前もあるのだよ。」

「へえ、なんていうのですか?」

「モス 」

「モス ? あまりパッとしませんね。でもまあ、 ガ よりはましですけどね。」

「そうだろ、モス君!」

「気休めはやめてください。ここ日本では僕は所詮、 ガ ですから。」

「すまん。でもとにかくさっきも言った通り、君は素晴らしいんだ。たとえ君のことを悪く思ったり、言ったりする人がいても、君という存在は僕という人間によってしっかりと肯定されているということなんだよ。」

「はあ、そうですか。とにかく、僕はあなたにとってとても意味のある存在だということですね。」

「その通り! だから君はこれからも自分の個性を十分発揮して、力強く生きてほしい。」

「わかりました。でも僕の名前、日本でも、モス にしてもらえませんかね。」

「そうだね、多分難しいと思うけど、次の学会で提案してみるよ。」

「何だか頼りないな。あまり期待しないで待ってますよ。」


博士はそこで力なく装置のスイッチを切って呟いた。

「やれやれ、とんだ難題を託されてしまったな。それにしても、生き物というのは、みんなどこかで認められたいと思いがあるということかな。」


博士は ガ を虫かごに戻した。彼は博士のほうをじっと見ていた。

「さあ、これから、君を元の林に返しにいくよ。」彼には博士の言葉はもうわからない。でもどことなく寂しそうに見えた。


博士は ガ を戻した帰り道、草むらで一匹の カマキリ を見付けて虫かごに入れ、研究室に戻った。




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