Scene3

 日曜日の予報は曇りから晴れになり、3月にしては珍しい15℃を超える陽気になった。

 土曜日にあらかたの連絡を受けて、やってきたのは東横線多摩川駅。某アニメ映画のクライマックスに出てきたことのある駅で、近くに浅間神社と水生植物や古墳群のある多摩川台公園がある。

 今は駅の中にあるコンビニで安住を待っている。

 「まさか休日に制服を着ることになるとはね・・・」

 なんだかコスプレをしている気分だ。安住の依頼主が彼女の言った通り僕のことをお気に召したみたいで、彼女と共に仕事をすることを許可してくれた。それに加えて、依頼主から追加で報酬をもらえることになった。

 (それにしたってあの値段は・・・ヤバすぎる)

 0が8個もあった。もちろんその先頭は1だ。

 (別に僕はイケメンってわけじゃないけどなぁ・・・)

 余程の好事家な金持ちなのだろう。そう考えたら妙に背筋が寒くなった。

 (でも、これだけあったらもっといい病院で手術してもらえたのかな)

悔いたところでどうしようもないが、たらればを考えてしまう。もっと早く、もっと早くこの話が来ていれば・・・。

 「お待たせしました」

 すると安住が以前会った時と同じで昔の制服を着ている。変わったところと言えば少し大きめのポーチを肩から下げている。これでは同級生というよりも妹みたいだ。

 「ん、別に待ってないよ。ちょっと早く着いただけ」

 安住は眉を少しピクリとして小さくため息を吐いた。

 「・・・雇用主よりも15分以上前に着いているのは頂けないと思いますが?」

 「あ、それはごめん・・・」

 こうして個人的な依頼で仕事をしたことがないから出来るだけ早く来た。なるほど、確かに雇用主よりも先に来てしまえば失礼と言うことになるな。以後気を付けよう。

 「それと依頼主から言伝なのですが、『デートは男の子がエスコートするものだよ』だそうです」

 「え、デート!?」

 予想外な言葉が出てきて僕は呆気に取られた。仕事と大金を貰ってデートしてなんてこんな好条件があれば誰だって狼狽える。絶対に何か裏があると思うと考えるのが当然だ。

 「はい、伝えることも伝えたのでこれからお仕事を始めます。よろしくお願いします。」

 「・・・あーハイ。よろしく」

 うん、何となく安住がどういう人間か見当がついてきた。下手な下心を持つことはやめておこう。

 「これから保立君と私でさくら坂に行きます」

 「さくら坂?そこの公園じゃなくて?」

 「はい、依頼主が指定した場所がさくら坂です。私個人としても多摩川台公園でもいいと思いますが、あくまでも仕事ですのでご了承ください」

 「ふーん、わかった。それでさくら坂ってどこにあるの?」

 「ここから少し歩きますのでついてきてください」

 言ってすぐに安住は歩き出してしまった。駅で会った時と違ってリアクションは取っていないから怒っているわけではないと思う。素でああなのだ、安住は。

 「エスコートどころかリードされてる気がする・・・」

 安住が早く来いと言わんばかりに睨んでいるので、少し駆け足で安住の後を追いかけた。


 さくら坂は次の駅の沼部駅の方が近いが歩いて行って良かったと思った。多摩川駅の線路沿いに桜が咲いていて3月の初めでここまで咲いていると温かい溜息が漏れてしまう。そこに陽気が加わるからこのまま寝れてしまえば・・・と考えるのもやぶさかじゃないと感じる。

 「ところで」

 呆けているところに安住の声で我に返った。

 「え、何」

 「バイト代、いえ報酬は本当にアレでよかったんですか」

 安住の質問に僕は頷く。

 「現金でも良かったけど、僕のセンスなんてたかが知れてるよ。なら同性が見て良いものを選んでくれればいいと思ったまでだよ」

 「こういうのは本人からの心が籠ったものの方が・・・いえ、不躾でしたね」

 僕は安住にどういう表情を向けたのだろうか。暖かくて顔が緩んだ以外は分からなかったけれど、安住がすぐに目を離したからとても変な顔をしてたに違いない。

 「向かいましょうか」

 「うん」

 そこから少しの間、僕らは黙々と歩き続けた。


 「スゴイ・・・」

 その坂は桜で空を覆うアーチを作り出していた。陽光が桜の合間から指していることが淡い桜の色をより淡くして、散る花が降ちる閃光花火と言い換えられる儚さと訪れる春への息吹を待つ焦燥が空を舞う妖精となっているかのようだ。

 「さて、保立君。ちょっとしゃがんでください」

 「え、なんで?」

 「これが今回の目的です。私を背負って坂を上がってください」

 「え、なんて?」

 「依頼主の目的がここだからです。本来は別の予定だったのですが、保立君を見た 依頼主がこうしてくれと指示してきたんです」 

 聞き間違いではないということは安住が早くしろよと言わんばかりの表情をしているから分かった。淡々としていても安住も年頃の少女なりに恥じらいがある・・・ようには見えなかった。いや、普通にこういうシチュエーションで恥ずかしがらない方がおかしい。

 僕は思わず周りを見渡す。早い時間ではないけれどこちらを見る人がいないのは確かだ。やるなら今このタイミングでやるしかない。下手をすればSNSで拡散されて笑いの種にされかねない。

 (よし、ちゃっちゃとやろう)

 勢いよく屈んで、いいよと言って乗るように促す。では行きますよ、と安住が乗った瞬間に僕は勢いよく駆けた。安住はそこそこ重かったが走る分には問題なかった。

 「あ、私が重かったら別に無理しなくていいですからね」

 余裕そうな安住の声を聞いて、まるで煽られているみたいだったから全力で走った。

 安住を尻目に僕は思いっきり坂を猛ダッシュする。桜とか後ろの安住とか一切気にしないで、ただ安住に少しは男らしいところを見せるぞという思いだけで一心不乱に走った。


 坂の上の信号が見えたところでスピードを緩めて坂が終わるところで僕は完全に足を止めた。

 「はぁ、はぁ、はぁ、うぇ・・・」

 いつぶりだろうかこんな勢いをつけて走ったのは。久々に温かかったからのもあるかもしれない。でも妙に達成感があった。

 「いやぁ走ったな・・・!」

 「はい、お疲れ様です保立君」

 ハッとなって後ろからポンポンと肩を叩かれて我に返る。

 「とりあえず降ろしてくれますか」

 何か言い返す気力もないので安住を降ろす。安住の体重が背中から無くなるのを感じてからその場にへたり込んだ。降ろした彼女は全く動じていなかったのがなんか悔しい。

 「これでいいの、安住」

 「そうですね、問題は無いかと。とりあえず保立君は立ち上がってください」

 え?と安住の方を見ると辺りをキョロキョロしている。クスクスと笑い声が聞こえて、僕は咳ばらいをして立ち上がった。

 「そ、それで今日はこれで終わり?」

 「ええ。今回の依頼はここまでです。報酬を持ってきていますが、ここで受け取りますか?」

 やっぱり持ってきてたか。背負った時に重さを感じてたから察しはついてた。

 「駅に戻るでしょ?その時に渡してくれればいいよ」

 「分かりました。では向かいましょう」

 そう言って僕らは駅に向かった。多摩川公園を見たいがために多摩川駅に行ったことはまた別の話。

 「そういえば、設定を一切してませんが入れる曲は決まってますか」

 「うん、さっき決めたよ。ばあちゃんでも知ってて、今日の景色のことを話すのにうってつけの曲が、さ」

 

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