第61話 メックスマイルは0円です。


火曜日の午前中、駅前のメック店内に入った俺を明るい声が迎えた。


「いらっしゃいませ〜!(あっ!浩史郎先輩!)」


赤と黒を組み合わせたキャップ、ブラウス、スカートといった制服姿のメック店員=森野林檎は、俺に気付くとカウンター越しに、小さく手を振って来た。


「取り敢えず、スマイル0円下さい。」


「来て下さってとっても嬉しいので、割り増しの笑顔をお届けします!ニコニコッ!✧✧✧」


無茶振りする俺に、文句を言う事もなく、りんごは嬉しそうなキラッキラの笑顔を向けて来た。


(うっ…。くそ、可愛いな…!//)


「君、接客業、向いてるかもな…。」

「ありがとうございますっ!ご注文は何になさいますかっ?」


「えーと、じゃあ、ランチセットで、ダブルチーズバーガ、ホットコーヒーで頼む。」


「はいっ。えーと…。」

「森野さん、そこのボタンよ?」


「あっ。はい…。800円になりますっ!」

「はい。」

「ちょうどお預かりします。レシートのお返しになります!」

「どうも。」


「後ほどお席までお持ちしますので、番号札をお持ち下さい!」


後ろに控えていた先輩の店員に教えてもらいながら、辿々しくも会計を済ます事が出来たりんごに、俺はひとまずホッとして番号札を受け取った。


「(今の、森野さんの彼氏さん?カッコいいわね?)」

「(ち、違いますよ。学校の先輩です。)」

「(クスクス。そうなの?でも、老木おいきくんの前では、そういう事にしといた方がいいかもよ?)」

「(え、ええ〜。)」


俺がテーブル席に移ると、りんごは、さっき教えてもらっていた主婦らしき女性の店員さんと俺の方を見て、何やらにこやかに話していた。


多分俺との関係を問われているのだろう。


りんごがお中元の品を家に届けに来た日、夏休み限定で駅前でメックのバイトを始める事になったと教えてもらい、早速様子を見に来たのだが、何とか人間関係もうまくやっていそうだな…と、初めてのお使いを見守る保護者のような気持ちになっていた俺だったが…。


「ねぇねぇ、森野ちゃん!今の、彼氏?彼氏?」

「えっ。いや、えーと…。」

「(コラ!老木くん声大きいよ?)」


んん?


奥でポテトやジュースを容器に入れる作業をしていた中背の男子が、大きな声でりんごに質問をし、女性店員に窘められていた。


なんだ、あいつ。馴れ馴れしいな。


その後も、そいつは折に触れて何度も執拗に絡みに来て、りんごは苦笑いで応対していた。


「お客様、お待たせしました!」

「おう。どうも。」


トレーに乗せたランチセットを運んで来たりんごに礼を言うと、こそっと耳打ちした。


「バイト終わるのどれぐらいだ?あとで茶でも付き合えよ。」


「ふふふ。お客様、当店ではナンパ厳禁となっておりま…。」

「ああん?呼び付けたの、君だろ?せっかく来てやったんだから、茶ぐらい付き合えよ!」


「ふわぁっ!分かったから、ゲンコツやめてぇ!暴力反対です。お客様ぁっ!」


ふざけた笑顔でマニュアル対応するりんごに、拳を握り締めると、りんごは涙目になり、頭を押さえたのだった。


        ✽


「あっ。おーい、浩史郎せんぱーい!」


従業員入口を出て来たりんごは、店の裏で待っていた俺を見ると、嬉しそうに駆け寄って来た。


「おう。お疲れ。なかなか様になっていたじゃないか。」


「ホントですかぁ?嬉しい。憧れのメックお姉さんになれてましたかね?

あっ。浩史郎先輩。どこ行きます?」


「ああ、えーと…、じゃあ、そこのパンケーキ屋さんとか…どうだ?」

「…!✧✧ いいですねっ!」


ちょうど目についた向かいのパンケーキ店を指差すと、りんごは目を輝かせて賛成してくれた。


         ✽


「はむはむ…。それでね、トレーナーの浅井あさいさんの末のお子さんが、いーちゃんかっくんと同い年で、夏休みの宿題の工作の事で話が盛り上がっちゃったんですよ〜。

覚える事まだまだいっぱいあって大変だけど、バイト仲間の人は皆優しいし、働くのすっごく楽しいです。」


「それは、よかったな…。」


パンケーキを頬張りながら、さっき仕事をサポートしてもらっていた浅井さんというらしいトレーナーの事やら、バイトの事を楽しそうに話すりんごに、俺はさっきの馴れ馴れしい男について聞いてみた。


「あのさ、何度もりんごに話しかけて来ていた男はどういう奴なんだ?」


「ああ。あの人は、メックバイト歴二年の大学生、老木おいき一男かずおさんです。

親切でいい人なんですが、新人バイトの女の子を必ず口説く癖があるらしくて…。

バイトの女の子達の間では、仕事のマニュアルとは別にあの人の誘いを断る対応方法と決まり文句が載った裏マニュアルが出回ってるんです。ふふっ。面白いですよね〜。」


「面白いって、君も気をつけろよ?」


呑気な態度に、俺は顔を顰めて釘を刺すと、りんごは大きく頷いた。


「はい!私には、大人になったかっくんをイメージした、超完璧な彼氏がいる設定になってますから大丈夫です。」


「おいおい、柿人くんを想定してる時点で、不安しかないな…。『彼の夏休みの宿題工作を手伝ってて…』とか、いつかボロ出すんじゃないか?」


「そ、そんな事はない…と思いますよ?多分…。」


目を泳がせたりんごに、俺は呆れて言った。


「ちょうど、俺が店に来ていたんだから、彼氏役にしとけばいいだろうが…。


「そ、それは流石にご迷惑をおかけしちゃいますよ。あっ。でも、関係を聞かれた時、適当に返事を濁してしまいました。ごめんなさい…。」


「それは構わないが…。」


すまなそうな顔をするりんごを前に、ため息をついた。


やはり、りんごはそういう方面に慣れていないから、脇が甘くて心配だな。


さっきの男、モテそうな外見はしていなかったが、しつこいアプローチに、りんごがちゃんと断りきれるだろうか…。


そう言えば、まだメックのバイト募集の張り紙がしてあったよな…。


俺はしばらく考え込んだ末…。


✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


その数日後ー。


俺は再び、メック店内に立っていた。


りんごと共に、姿


「ふふっ。浩史郎先輩、そんなに猫に会いたかったんですかぁ?」

「何を言う。社会勉強の為だ。」


ニヨニヨしてくるりんごに俺は不適な笑みを浮かべたのだった。



あとがき*


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