第60話 猫に会える場所
「いやあのっ。浩史郎先輩。実家で寛いでいるところ、押しかけてしまってすみません…!」
「えっ。いや、そのっ…、なんっ…??」
大事な客とやらが、昨日不自然に人の誘いを流しやがった薄情な許嫁、りんごである事が判明し、悪口を言った途端に顔を合わせてしまい、俺は慌てるばかりだった。
「あ、あのっ。お中元を直接渡すように母から言われてお邪魔していたんです。すみませんっ。用事も済ましたので、これで失礼しますっ。」
「えっ。りんごっ?」
「りんごちゃんっ?」
りんごは同じぐらい慌てながら早口で説明をすると、玄関へ向かった。
「りんご、ちょっと待っ…!」
ガチャン!
止める間もなく出て行ってしまい、俺はしばらく呆然としていたが、ふと後方から寒気を感じて振り向くと、怒りのオーラを纏った母が仁王立ちしていた。
「浩史郎。すぐ追いかけなさい?りんごちゃんに謝らない限り、家に入れませんからね…?」
「は、はいっ。」
こ、怖っ…!今まででマックスに怒っている母の表情にビビりながら、すぐに家を出たのだった。
✽
通りに出ると、駅に向かってトボトボ歩いているりんごの小柄な背中をすぐ見つける事が出来た。
「りんご、おい。待てって!」
「はうっ!浩史郎先輩っ!!ごめんなさいっ。急に来ちゃって!」
声をかけると、りんごは俺を振り返り、ビクッと肩を揺らして謝ってきた。
「別に謝んなくていい!ってか、さっきのあれは、別に、本当に会いたくなくて言ったわけじゃないから!
母があんまりりんごの事でからかってくるもんだから、つい…。」
「……!」
目をパチパチと瞬かせ、こちらを見上げてくるりんごの顔を見て、俺は力なく項垂れた。
「いや、ごめん。せっかく来てくれたのに、失言だった…。」
「ふふっ…。気にしてませんよ。浩史郎先輩の毒舌はいつもの事ですから…。」
りんごがいたずらっぽい笑みを浮かべてくれた事にホッとしながら、俺はまたつい責めるように言ってしまった。
「来るなら、昨日電話した時に教えてくれればよかったのに。」
「それはごめんなさい。お母さん達にサプライズで来た方がいいって言われて、伺うことは内緒にしていたんです。でも、私、そういうの黙ってたり、誤魔化したりするの、苦手で…💦」
「ああ…。だから電話の最後の方、態度がおかしかったのか…。」
明日の予定を聞くと、不自然な対応ですぐに電話を切ったりんごの態度にようやく納得がいった。
「サプライズって、私が行っても浩史郎先輩は大して喜ばないって、お母さんには言ったのですが、聞いてくれなくて…」
「いや、俺は結構嬉しかったけど…?」
「えっ?」
正直に言ってしまうと、りんごが焦ったようにこちらを見返して来た。
あ、ちょっと攻め過ぎたか?
「いやだって、いつも一緒にいたの飼い猫が、急にいなくなると変な感じするじゃないか。
元気な様子が見れて、ホッとしたっていうかさ…。」
「そ、そういう事ですか。わ、私も実家にいる間、浩史郎先輩、元気かな?また
お金落としてないかな?風邪ひいてないかな?ドブにおちてないかな?犬に噛まれてないかな?ってすごく心配してました。」
「どんだけ心配しているんだ。俺は◯び太くんか…!」
思わず突っ込むと、りんごは、八重歯を覗かせてししっと笑った。
「だから元気な浩史郎先輩に会えて嬉しかったですよ?」
「…!//」
やばい。3日ぶりに会ったりんご、可愛いな…。
ノースリーブのブラウスに、キルトスカートといういつになくフェミニンな格好にもやられ、俺は緊張気味にりんごに聞いてみた。
「り、りんご…。この後は、何か予定あるのか?」
「あ、はい。実は、急に午後から予定が出来てしまいまして…。」
「そ、そうか…。」
今度ははっきりとした口調で答えられ、俺は撃沈した。
うーん。りんごは嘘がつけない奴だから、この言い方だと本当にこれから予定があるのだろう。
残念だが、今日この後デートに誘うのは難しそうだ。
次回会える日を聞こうと思った時…。
「けど、あの…、浩史郎先輩。」
「ん?」
「もし、猫に会いたいなぁと思って下さった時があったら、次の火曜日、木曜日の午前中、K駅前のメックバーガーへ行くといい事があるかもしれませんよ…?」
そう言うと、りんごは頬を染めて今日一番の笑顔を見せた。
*あとがき*
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m(_ _)m
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