第49話 猫と人との境界線
「わあい!浩史郎先輩、見て下さい!
大好きセットのおまけ、シークレットバージョンの、すき太郎箸置きです!今日はついてます!」
「そ、そうか…。よかったな?」
あの宮内とかいう嫌味な先輩に会った後、予定通り牛丼チェーン店の「大好き屋」で夕食を食べる事になった俺達だが、牛丼セットのおまけに喜んでいるりんごに、さっきの出来事で落ち込んでいる様子は見られなかった。
まぁ、西園寺達風紀委員会女子からの攻撃にも怯まないりんごの事だから、中学時代の先輩にちょっと嫌味を言われたぐらいでは、気にしないのかもしれないが…。
『中学はちょっと色々あって学校の子と、あまりと関わらなかったから…。』
以前、森野の母からそんな事も聞いていたし、りんご自身、宇多川と一緒だった小学生の時の事と違って、中学時代の事はほとんど語らなかっただけに、先輩との接触をどう感じているのか、俺は少し気になっていた。
「浩史郎先輩のおまけは、ビックリ顔の猫ちゃんの箸置きですね。可愛い…♡よかったですね?浩史郎先輩?」
「あ、ああ…。そう…かな?」
りんごに勧められておまけ付きのセットを頼んだが、正直、どれがいいのか、基準が分からん…。
「牛丼うま〜♡」
首を捻りながらも、美味しそうに牛丼を食べているりんごを前にしたら、まぁ何でもいいかと思えた。
「浩史郎先輩、 牛丼口に合わないですか…?
やっぱり、もっとちゃんとしたレストランへ行きたかったです…よね。」
箸が止まっていた俺 を気にして、りんごに困ったような顔でそう言われ、慌てて否定した。
「いやいや、普通に美味いし、食べるよ。ちょっと考え事してただけだ。」
「そうですか?食べられなかったら、私が頂きますから、無理しないで下さいね…。」
そう言うりんごは既に大盛りの牛丼をほとんど平らげていた。
う〜ん。これだけ食欲があるなら、深刻な悩みがあるわけじゃなさそうだが、どことなく、笑顔に翳りがあるんだよな。
「りんご、これじゃ、両親から渡されたお金を使い切れそうにない。飲食店でなくてもいいから、他にどこか行きたいとこないか?」
「ええ〜?えーと…。」
俺の問いに、りんごはパチパチと目を瞬かせ…。
✽
「うわ〜い!このりんご柄の小皿可愛い〜♡お弁当道具も色々あるなぁ…。あっ。猫と犬のピックみっけ!」
「おお…。来店して、ものの5分も経たない内にこの量!すげーな…!」
次に俺達が向かった場所は、駅前の100均ストア『タイゾ〜』だった。
りんごは目の色を変えて売り場を見て回り、あっと言う間に商品をカゴいっぱいにしているのを、俺は目を丸くして見守るばかりだった。
俺と目が合うとそんな自分に気付いたのか、顔を赤らめた。
「ハッ。私ったら、我を忘れて…。///
す、すいません!浩史郎先輩。限度額越えた分は自分で払いますから…。」
「いや、金額は全然大丈夫なんだけどさ…。」
「でも、浩史郎先輩、こういうところ、あんまり来ないし、つまらないですよね?すぐ、終わらせますから。」
「まぁ、確かにあんまり来ないけど、見て回るの、新鮮で楽しいし別にゆっくり回ってくれていいよ。あ。このワイヤレスイヤホン、レビュー高かったんだよな?試してみるか…。これも入れといてくれ。」
りんごの持っているかごにヒョイッと商品を入れると、りんごはその値段を見て目を見開いた。
「へっ。1000円っ!?100円ショップで、100円より高いものを迷いなく買うなんて、邪道ですよっ!!」
「やっかましいわ。人の勝手だろ?」
拳を握って何やらぷりぷり怒っているりんごに舌を出し、いつもの調子が戻って来たかと安心していたのだが…。
会計を済ませると、大きな袋二つ分の荷物をそれぞれ一つずつ持ちながら、俺達は並んで歩いていた。
「今日はこんなに色々奢ってもらっちゃって…、よかったのでしょうか?」
「色々っていうけど、一回で使い切る想定だったのに、もらった金額の半分も使ってないぞ?だから…。」
だから、また今度出かける時の資金にしよう…?俺はそう続けようとしたが…。
「そりゃ、浩史郎先輩がお付き合いするような女性と、猫とじゃ、かかるお金も違いますよ。」
「…!!」
りんごに苦笑いでそう言われた時、俺は自分がとんでもない失言をした事に気付いた。
俺は、りんごとのデートにかかる金額を今まで付き合って来た女とのデートでかかる金額を元に、試算していたのだった。
「いや、ごめん!違うんだ。りん…」
「私と浩史郎先輩は猫と人程に違います。それが私達の境界線というものですよ?ねっ?」
街灯に照らされた道を先行くりんごは、振り向きざまの笑顔で俺に残酷なセリフを告げた。
俺はそんな彼女に腹が立って腹が立って仕方がなかった。
*あとがき*
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