第50話 泣きたくなる時 森野林檎視点🍎
「え〜。森野さん、部活辞めちゃうの?せっかく、部長にも筋がいいって褒められていたのに、勿体な〜い!」
「は、はい。宮内先輩にも、サーブのコツとか教えて頂いていたのに、すみません…。」
顧問の先生に退部届を出して、部長に挨拶した後、2年の
中学から軟式テニス部に入って、練習はキツイけれど、顧問の先生や先輩や教わり、少しずつ上達していていくのが楽しくなくはなかった。
小学校のサッカー部での夢ちゃんや、男子との気の置けない関係とは違って女の子の集団には明確な上下関係があって、
空気を読んで発言しなきゃいところには戸惑ったけれど、あまり余計な事を喋らないようにしたら、大人しく頑張り屋の後輩として先輩方も親切に接してくれたと思う。
けれど、この時期、当時3歳の弟かっくんといーちゃんが、代わりばんこに体調を崩して、春から働き始めたお母さんがその度に休みをとってしんどそうにしているのを見ていたら、部活をやっている時間に、私にも何かできる事があるのではないかと思ってしまった。
将来の夢はお母さんみたいな保育園の先生になりたいと思っていた私は、この子達の面倒を見る事は無駄にはならないと思ったし、
赤ちゃんの頃は、怪獣にしか思えなかったかっくん、いーちゃんも、今では言葉が通じるようになり可愛くなってきたから一緒に過ごすのも悪くないかななんて思っていたのだけど…。
「ま、お家の事情じゃ、しょうがないよね。家事やったり弟、妹の面倒見る為に、部活も出来ないなんて、森野さん、可愛そう〜。
うちなんか、部活のない人生なんか考えられないや。
これから大変だけど頑張ってね?」
宮内先輩は、ため息をつきながら、残念そうなセリフとは、裏腹にさも愉快そうにそう言ったのだった。
お家の事をすると決めたのは、自分自身の意思だし、かっくんといーちゃんと過ごす事は嫌な事ではなかったのに、宮内先輩にとって「可哀想」な事として位置づけられてしまった事に私はひどく戸惑った事を覚えている。
部活の事はそれで済んだけれど、その後、クラスの男の子と友達になろうとした時も、夢ちゃんの通っている学校を受験しようとした時も、
それは身の程に合わない事だと周りの女の子達に謗られる事になった。
そして今、浩史郎先輩と歩いている私は、周りから見れば、猫と飼い主程に違いがあるように見える事だろう。
宮内先輩の不機嫌そうな表情が刺々しい言葉がそれを如実に物語っていた。
「私と浩史郎先輩は猫と人程に違います。それが私達の境界線というものですよ?ねっ?」
街灯に照らされた道をザクザク先に進み、振り返りながら笑顔で言うと、浩史郎先輩はひどく怖い顔をしていた。
「そういう事言うなよ…。俺と君とは確かに色んな事が違うし、距離もあるのかもしれない。
けど、俺は知りたいし、近付いて行きたいとも思ってるよ。
それは俺の希望だから、君から歩み寄りがなくても構わない。
だけどな、歩み寄って同じ距離に来ているのにそっぽを向いて見ないふりをするのだけは止めてくれないか?」
「浩史郎先輩…。」
真剣な目で、浩史郎先輩に詰め寄られ、私はなんて言っていいか分からなかった。
浩史郎先輩といると、時々泣きたくなる。
悲しい訳じゃないのに、なんで…?
*あとがき*
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