第18話 誤解

「ほっ、本当に上半身だけでいいんだよな?」


俺は水着の上に着ていたパーカーのジッパーに手をかけながら念を押した。


「はい。私も見られたの上半身だけなんで。自分で脱ぐの恥ずかしかったら私が脱がしてあげましょうか?」


りんごはいたずらっぽい笑みを浮かべて手を怪しげに動かしながらこちらに近付いてきた。


「い、いいよ。」


脱がされる方が恥ずかしいに決まってるだろ。


自分が見られたときはあんなに恥ずかしがっていたのに、見る側になると何でこんなノリノリなんだ?こいつは。


時間をかけると余計に抵抗を感じそうだ。


りんごの視線を感じながらもパーカーを一気に脱ぎ捨てた。


「おおっ!いい脱ぎっぷり。素晴らしいです!」


りんごはパチパチと拍手をしながら嬉しそうな声を上げた。


「うわぁー。浩史郎先輩の体けっこう筋肉ついてますねー。おおっ、背中まで!何かスポーツとかやってるんですか?」


りんごは俺の周りをちょろちょろでと動き回り、観察している。


「えっ。まぁ、一応ジムで鍛えたり、あと今はあんまり真面目にやってないけど、たまにテニスを…。」


「高校生なのにジムに通ってるんですね?すごーい!テニスもされるんだぁ。それでその腕の筋肉!わぁ、すごく固ーい!!」


腕の筋肉にりんごが人差し指でチョンと触れてきた。


「お、おい。触るなよ。」


といいながら俺は内心悪い気はしなかった。鍛えた筋肉を褒められるというのは男子にとって結構嬉しいものだ。


「ああ、つい。すみませんでした。浩史郎先輩、ちょっとポーズをとってみて下さいよ。腕をこんな風に曲げて力を入れてみて下さい!」


りんごにおだてられ、言われるままにポーズをとってしまっていた。


「はい。そうです。そのまま動かないで下さい。」


カシャッ。りんごはその一瞬を逃さずスマホを俺に向けてフラッシュを瞬かせた。


!!?


「おい、君今何をした!?写真撮っただろ?」


「気しないで下さい。あっ。わーい!すごいキレイに撮れてる。私カメラマンになれるかも!」


りんごは俺に背を向けておざなりな返事をしながら、スマホの画像を確認して歓声を上げた。


「気になるよ。その画像すぐ消せよ、オイ!」


「なんで?少しぐらいいいじゃないですか!ケチ!」


「いや、良くねーって!裸の写真を勝手にとられて何に使われるか分かったもんじゃない。今すぐよこせ!!」


俺はりんごの手からスマホを奪い取ろうとしたが、りんごはヒラリと身を躱して抵抗した。


「やです!そんな邪なことには使いません。せいぜい西園寺先輩との取引材料にしたり、浩史郎先輩のファンの方々に低価格で売り捌くぐらいですよっ。」


「それが邪だって言ってんだよ!このやろっ。よこせっ!!」


「わあんっ。だめぇっ。わっ。やだってばっ。」


りんごはあちらこちらへ動き回り、スマホを取ろうとする俺の手から逃げ回った。 


「くっそ。ちょこまかと…!埒が明かねー。いい加減にしろ…よっ!」


「わわっ。やめっ…!」


俺は勢いをつけてりんご自体を床に押し倒した。


「いったぁ…。浩史郎…先輩っ。ずるいっ!」


床に倒されたりんごはそれでもスマホを奪われまいと必死の抵抗を試みた。


「あっ!」


しかし、いかんせん、腕のリーチの差がものを言い、俺はスマホを持つりんごの手をがっしりと掴んだ。


素早さや小回りはきくものの、腕力ではりんごが適うわけもなく、俺はりんごの手から少しずつスマホを引き剥がしていった。


「うわぁーん、バカぁっ!写真ぐらいいいじゃんっ。浩史郎先輩なんて私の裸を見たくせにぃーっっ!!」


スマホを取られる間際、りんごは悔しがって絶叫した。


「うるさいぞ?ったく、手間かけさせやがって…、りんご?」


りんごは叫んだっきり、俺を通り越したどこか一点を見つめて呆けたように固まっている。


「お、お母さん……。」


「えっ?」



振り返るとリビングの入口にりんごの母親が口に両手を当てて立っていた。




「あっ……。」


驚きのあまり、すぐに言葉が出て来ないようだった。


俺とりんごはお互いに目を見交わして今の状況を確認した。


上半身裸の俺が、りんごを押し倒して馬乗りになっている。


りんごは直前に裸を見られたと絶叫している…。


詰んでるな………。


俺達は慌てて離れた。


「お、お、お、お母さん。ど、どうしたの?」


森野の母親も動揺を隠せなかった。


「ごごっ、ごめんなさい。取り込んでるところ。柿人が仮面○イダーの水鉄砲忘れたっていうから、取りに戻ったんだけど…、一応ピンポン押したけど、返答ないし、すごい物音がして心配だったりから、入って来ちゃった。でも、ごめん。取り込み中だったんだね。おもちゃ、後日でいーわ。」


「いや、違うの!」


「いや、違うんです!」


慌てて否定する俺達に、森野の母親は重々しく首を横に振って言った。


「い、いーのよ。年頃の男女が一緒に住んでるんだもの。そ、そりゃ、そうなるわよね…。お母さん配慮が足りなかった。」


「いや、あの誤解で…!」


「浩史郎くん!」


「は、はい!」


弁解しようとしたが、逆に強く呼びかけられ俺は背筋を正した。


「この子、一応まだ高校生だから…、避妊だけはちゃんとしてやってね?」


「………!!!」


「お、お母さん!?」


「じゃ、またね。もう邪魔しないから、ごゆっくり。今度は必ず電話してから来ることにするね。バイバイ、りんご。色々大変だけど、頑張ってね。」


「ちょっ、待っ……!」


森野の母親はリビングのドアを閉めた。


玄関の方で、苺ちゃんと柿人くんの声がした。


「お母さん、まだー?」

「水鉄砲あったかー?」


「あ、あんた達、ダメ!入っちゃダメよ!!りんごとお兄ちゃんものすごく忙しいから、水鉄砲はまた今度ね。」


「えー?」


「ホラ、早く行くわよ?」


玄関のドアが閉まり親子が足早に去っていく足音が聞こえてきた。


りんごは半泣きでフローリングの床にペタンと座り込み、俺は壁にフラリともたれ掛かると、頭を抱えた。


「だから、違うんだって〰〰!!!」


「〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰っ。」


プールでの事件は、とんでもない場面を母親に見られるという曲面を迎え、俺とりんご双方共に計り知れないダメージを与えて幕を閉じたのだった。


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