第10話 降ってくる令嬢
それは突然の出来事だった。
階段の途中で一人の美少女が階段の踊り場から、足を踏み外して上からふらっと倒れこんできたのは。
色素の薄い縦ロールの髪がふわりと揺れ、一瞬見えた美しい白い顔には眉根を寄せた苦しげな表情をたたえていた。
華奢な体がスローモーションのようにゆっくり倒れていく様子は、まるで映画のワンシーンのようで。
私は不謹慎ながらも綺麗だなと見惚れてしまった。
もちろんすぐに我に返って、階下にいた私は階段を駆け上がって彼女の細い腰を支えて、落下を食い止めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「え、ええ…、ごめんなさいね。ちょっと貧血を起こしたみたいですわ…。」
力なく私に身を預けている彼女は、青褪めながらも、赤い唇を震わせて上品な口調で答えた。
「保健室まで歩けます?」
「ええ…。」
「悪いわね…。下級生の貴方に迷惑かけてしまって…。」
「いえ、迷惑なんかじゃないですよ。私保健委員なんで気にしないで頼って下さい。」
「ありがとう…。」
私は彼女に肩を貸しながら、ゆっくり保健室へ向かって歩いて行った。
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保健室の扉には“今職員室にいます。”と書かれたドアプレートが垂れ下がっており、中を確認したが、
「保健の先生今いないみたいですね。呼んできましょうか?」
「いえ、いいわ。そのうちいらっしゃるでしょう。」
「そうですか?じゃあ、ベッドで休んでいて下さいね。」
私は保健室の奥にある冷蔵庫からスポーツドリンクを出して、グラスに注ぎ、少しだけ顔色の戻った様子の彼女に渡した。
「ありがとう。私は2年の
西園寺茉莉花さんと名乗る先輩に美しくも優雅に微笑まれ、私は思わずポーッとしてしまった。その美貌もさることながら、一朝一夕には身に付かない仕草や気品。彼女もまた夢ちゃんと同じく令嬢中の令嬢なんだろうな。
「貴方は一年の森野林檎さん…よね?」
「へっ。私の事ご存知なんですか?」
私はご令嬢の口から私の名前が出たことに驚いた。
「ええ。森野さん、いつも宇多川さんの隣にいらっしゃるでしょう?」
「ああ。夢ちゃん有名人だから…。」
なるほど、財閥の姫で才色兼備の夢ちゃんの友達として知られているって事ね。
「それに、里見さんと東さんとも屋上で毎日お昼食べてるって皆の噂になっていますわよ?」
「ああ…、お二人も有名人ですものね。」
里見浩史郎先輩は、今は二股事件の噂のせいで評判が落ちてしまったが、文武両道のイケメンさん。
東先輩はテストで学年一位の秀才で、生徒会副会長。
お二人ともこの碧亜学園において、目立つ存在である事は間違いないだろう。
これといって目立った特徴のない庶民の私が思えばすごい方たちと関わりを持っている事に今更ながら気付かされた。
「私、以前から貴方の事が気になっていましたの。」
「え?」
「庶民的で可愛らしい森野さんが、宇多川さんとお付き合いするのに、少し無理をされていらっしゃるんじゃないかしらって。」
目の前の令嬢は美しい顔を憂いの表情を浮かべた。
「無理…?」
「ええ。森野さんは高等部からの入学よね?この学園に知り合いがいないから、小学校からの知り合いだという宇多川さんに縋りたい気持ちは分かりますわ。でもね…。森野さんが思っているように宇多川さんは森野さんの事を友達と思っているかしら?」
「え??」
「私、聞いてしまったのよね。宇多川さんが他の生徒に話しているの。
同じ小学校だったというだけで、森野さんに付き纏われて迷惑してるって。鈍臭くて空気読めない子の面倒見るのは大変だって。」
「えっ。夢ちゃんが、そんな事を?」
私は西園寺先輩から思いも寄らないことを言われ、衝撃を受けた。
そ、そう言えば、浩史郎先輩との同居の事やら、ホームシックの事やら最近夢ちゃんには迷惑かけてばかりだ…。いくら親友とはいえ、私甘え過ぎだったかも…!
夢ちゃんに負担をかけてしまった事を私は申し訳なく、いたたまれない気持ちになった。
「それに、気が利かないとも言っていたわね。」
更に追い打ちをかけるように西園寺先輩は続けた。
「昼休みも、本当なら憧れの里見先輩と二人きりになりたいのに、森野さんが二人の間に分不相応に間に入って来て、邪魔な事この上ないって。」
「ええっ。憧れの里見先輩?夢ちゃんが浩史郎先輩をそんな風に?」
私はびっくりした。夢ちゃんの普段の態度は浩史郎先輩を心の底から嫌悪しているように見えた。私は却ってそれが、好意の裏返しじゃないかと疑う事もあったけど、まさか、本当に…?
「ええ。私はそう聞いたわ。まぁ、里見くんは白馬に乗った王子様のようにイケメンでカッコイイし、優しいし、成績優秀だし、、スポーツ万能だし、宇多川さんが好きになるのも当然だと思うけど。」
西園寺さんは拳を握って力説した。
「そ、そうだったんですね…。」
私は呆然と呟いた。
「まぁ、森野さんがショックなのも、分かるわ。
お友達だと思っていた人に裏切られていた上、好きな人を奪われそうになっているんですものね。」
「え?好きな人?」
「ええ。森野さんも里見くんが好きなんでしょう?」
…!!
全てを見透かような瞳で妖艶に微笑まれ、私は言葉に詰まった。
「わ、私…。」
「いいのよ。何も言わなくて。あなたの気持ちは全部わかってるわ。」
「西園寺先輩…。」
なんと!私の気持ちは西園寺先輩には全て○っとお見通しらしい。
「お友達だと思ってたのに、宇多川さんひどいわよね。許せない気持ち分かります。里見くんは皆の王子様!誰かのものになるなんてあり得ないわよね?
里見くんを取られないように私、あなたに協力できると思うの。二人の仲を引き裂いてやりましょう!!」
???
「あの、西園寺先輩…。」
「ええ、何も心配しないで。全部私に任せて!あなたは宇多川さんについて何か弱みを探して貰えれば…。」
どんどん話を進めようとする西園寺先輩に私は叫んだ。
「違うんです!私、夢ちゃん×浩史郎先輩が推しカプなんです!!二人がカップルになるなら、私、全力で応援していきたいと思います!!」
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