第9話 令嬢の憂鬱
そいつは東先輩と一緒に、屋上に現れ、先週の出来事など何もなかったかのようにりんごに話しかけてきた。
「あっ。りんご、数Ⅰのテストどうだった?」
えっ。「りんご」?何こいつ馴れ馴れしく勝手に名前呼び捨てにしてんの?
しかし、りんごはそいつを見ると、名前呼びされたことを気にする様子もなく、それどころか頬を染めて、目をキラキラさせて嬉しそうに答えた。
「あっ、はい!それが、浩史郎先輩に予想してもらった問題が2問も出たんですよ!」
えっ。「浩史郎先輩」?りんごまで、名前呼び?
(後ろに先輩はつけているけど。)
前まで、先輩とか里見先輩とか呼んでたのに。
「こうしろうせんぱい」って!以前より親密度を感じる呼び方じゃない!
9文字で却って呼びにくいでしょう!?やめなさい?
りんご?
同じように驚いている様子の東先輩は私と目が合うと、ニヤッと笑い、ひそっと囁いてきた。
「な・ま・え・よ・び!」
「〰〰〰〰っ!!」
分かってるわよ!再認識させないで!!
しかし、そいつとりんごは私達の驚きには気付かず、会話を続けていた。
「最後の応用問題は途中までしか出来なかったんですが、さっき夢ちゃんに答え合わせをしてもらって、7、8割位はイケてる感じでしたぁ!」
「そうか!よかったな、りんご。」
「はい!浩史郎先輩に教えてもらったおかげです。ありがとうございます!」
「いや、まぁ俺も人に教えると復習になるしな…。明日も理数系の科目あるんだろ?
家帰ったら、また一緒に深夜まで勉強しような。」
そいつはふてぶてしくも、りんごの肩に手を回した。
「はい。先生っ!」
でも、りんごはそんな奴のセクハラなボディータッチをむしろ嬉しそうに受け入れている…!?
「だめぇっ!!」
私は、りんごの肩を触れているそいつ=里見浩史郎の汚い手を思い切り振り払ってやった。
「ゆ、夢ちゃん?」
「宇多川?」
「なんなのよ、あなた!!黙って聞いてれば馴れ馴れしい!何で、勝手にりんごの事名前呼びしてるの?」
私はこの信じられない状況に我慢ができず、喚いた。
しかし、奴はむしろよくぞ指摘してくれたとでもいうように、ニヤリと笑うとドヤ顔でのたまった。
「ああ、名前呼び?りんごにどうしてもそう呼んでくれって言われたから…。なっ。りんご?」
!?嘘でしょう!!
「あっ、うん…。」
りんごは、肯定しながら、ポッと頬を染めた。
何その反応?私は愕然としながら、りんごの説明を聞いた。
「昨日、夢ちゃんに電話で話した通り、浩史郎先輩が、実家まで迎えに来てくれて、やっぱりもう少し同居を続ける事にしたの。家族と向き合うように説得してくれた浩史郎先輩は、私の恩人で、家族みたいなものだなぁと思って…。これからお互いに名前で呼び合うように私から頼んだんだよ。」
恥じらいながら奴について語るりんごの様子はまるで、好きな人について語る乙女のようで、私は青褪めた。
東先輩は能天気にも、笑顔で2人の仲を歓迎するような言葉を吐いた。
「土曜日は、森野さんに去られて、浩史郎やさぐれてたから、どうなる事かと思っていたけど、まさか実家まで迎えに行くとはね!浩史郎やるじゃん!森野さんに名前呼びをお願いされた時の浩史郎の顔見たかったなぁ。」
「うっ、うるさいな。何言ってんだよ、恭介。」
そう言いながら、奴はりんごとお互いに照れたような表情で顔を見合わせて、すぐに視線を逸した。
う、嘘よ…。こんなん悪夢だ…。
先週の土曜までは、りんごは、ようやっと、あのケダモノとの同居を解消して、大好きな家族のいる実家に帰る流れになっていたはずなのに。
ようやく、邪魔者がいなくなって、これからはりんごとの楽しいスクールライフが始まると思っていたのに…。
たった一日で、何がどうなって、りんごはそのケダモノとこんなに親密な雰囲気を醸し出すようになってしまったの?
ショックで声も出ない私を面白がるように見ると、奴は余裕の笑みを浮かべ、犬猿の仲の私に礼さえ言ってきた。
「ま、その件では宇多川にも大分世話になったな。ありがとな。」
「………っ!?」
何であんたから、りんごの事で礼を言われなきゃいけないのよ!?
あんた、りんごの身内か何かなの?
私の方がよっぽど付き合いも長いし、りんごに近い存在の筈なのに!
「夢ちゃん、本当にありがとうね。」
その時、りんごにぎゅっと抱き着かれ、私は半泣きになった。
「り、りんごぉ…。」
こいつの事、本当に好きになっちゃったの?
かけがえのない私の親友が?
こんな、顔だけの二股野郎の餌食になってしまうというの…?
悔しさに涙で滲んだ私の顔を見上げてりんごが驚いたように問いかけてきた。
「ゆ、夢ちゃん…?」
「い、いやぁ〜、二人の仲の良さにはあてられちゃうよね。宇多川さん、森野さんの事心配してたから、安心して、涙出ちゃったかな?
もう、こうなったら、俺と宇多川さんも付き合ってダブルカップルになっちゃおうか?」
?!
東先輩がフォローしているようで、逆に余計に場をかき乱すような軽口を叩いてきた。
「東先輩、こんな時に笑えない冗談やめ…。」
私が怒りを露わにすると、東先輩人差し指立てて、私に向かって黙るように指示した。
「ダブルカップル…?」
りんごが不思議そうな顔をして呟いた。
「私と浩史郎先輩はカップルじゃないから、夢ちゃんと東先輩が付き合ったとしてもダブルにはならないですよ?」
「え?」
奴=里見先輩の顔を見ると、まずい事を突かれたというように渋い顔をしていた。
「私と、浩史郎先輩はいわば、飼い猫と飼い主のような関係で、まぁ、家族みたいなものですよ。むしろ、私は浩史郎先輩の恋人作りを全力で、応援していきたいと思っています!」
ドヤ顔で胸を張るりんごを横目に、小さくため息をつく里見先輩。その様子を見るに、二人の間で何かが大きく食い違っているようだった。
私は、咳払いをして、改めてりんごに質問をした。
「えぇと、一つ確認しておきたいのだけど、同居は続ける事になったけど、りんごは里見先輩と恋愛関係にあるというワケじゃないのね…?」
「うん。もちろん。」
迷いなく笑顔で答えるりんごに、里見先輩が大きく肩を落としたのを私は愉快な気分で見やると、元気を取り戻して言った。
「そう。そうよね?心配して損した!」
「えーと、夢ちゃんはさ。東先輩といい感じなの…かな?」
今度はりんごが逆におずおずと聞いてきた。
「えっ。そんなワケないでしょ?さっきのは東先輩が冗談を言ってただけよ。もう、東先輩たちの悪い冗談やめてよね。りんごが本気にしちゃうじゃない?」
「ごめんごめん。ま、俺としては宇多川さん相手なら、いつでも本気にしてもらっても構わないんだけどねっ。」
「しませんよっ。お断りですっ。」
「つれないなぁ。」
「そ、そっかぁ。東先輩には悪いけどよかったぁ。」
「えっ。何で?」
何か不穏なりんごの発言に私は驚いて聞き返した。
まさか、りんご今度は東先輩の事が気になってるとか言わないわよね。
里見先輩も気になるのか、こちらをガン見している。
「いや、私は前から夢ちゃんと浩史郎先輩お似合いなんじゃないかと思ってたから、どちらかというと、そちらを応援したいなと思って…。」
「「それは絶対にないっ!!」」
私と里見先輩の声が見事にハモった。
「どこをどう見たら、お似合いと思えるんだ?」
「そうよ。こいつだけは絶対にあり得ないわ。」
りんごは目の前で、繰り広げられるいがみ合いに目をパチパチと瞬かせた。
「二人とも息ピッタリ!初めは仲の悪かった二人が、最後には結ばれるっていうラブコメの王道パターンによくあるよね。もしかしてFU・RA・GU(フラグ)…?」
「「違うっ!!」」
私と、里見先輩の全力の否定にも、りんごはどこか胸をときめかす様にキュンとした表情で見守っていた。
本当に違うから、やめてっ!!
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「はぁ。りんごには困ったものだわ…。」
私は疲れた表情でため息をついた。
「宇多川さんも心配の種が尽きないね。」
東先輩は人を食ったような笑みを浮かべてクスクス笑っている。
「東先輩は他人事だと思って…。で、話って何なの?」
りんごと里見先輩はお昼を食べた後、試験勉強の為先に帰っている。
「いや、宇多川さんそれどころじゃなくて、忘れてるかもしれないけど、先週の事一応謝っておこうと思ってさ。」
「??ああ…。もしかして私のやってる事が正しくないって言ったこと?」
「そう。それ。あの時は言い過ぎたよ。ごめんね?」
いつもふざけている東先輩から珍しく、真顔で謝られ、私は面食らった。
「ああ、あれはもういいわよ。私が突っ走り過ぎていたのは自覚しているし。東先輩に言ってもらえて却って有難かったわ。」
「それにしても、もっと言い方が他にあったと思うよ。俺、昔宇多川さんと同じような立場にあって、何も出来なかった事があってさ。友達の為に本気で心配している宇多川さんが少し羨ましくて、ムキになっちゃったんだ。本当にごめんね。」
「東先輩もそんな風に思うときがあるのね。いえ、でも、結局は私もりんごの為に何もしてあげられなかったのよ。
私には、りんごと喧嘩する覚悟でぶつかっていく事ができなかった。
悔しいけど、今回の事でりんごを救ってあげれたのは里見先輩。いい加減な人だと思ってたのに…、りんごのあんなに満たされた柔らかい雰囲気の笑顔見たの初めてかもしれないわ。私には出来なかった…。」
私は唇を噛みしめた。
「浩史郎を動かした一因に、宇多川さんの懸命さがあったかもしれないけどね。宇多川さんにとっては皮肉な結果になってしまったのかな?恋愛関係じゃないと森野さんは言ってたけど、二人いい雰囲気だったね。
やっぱりあの二人がくっつくのは、宇多川さんは反対?」
「反対よ!相手が悪すぎるわ。あんな人いつかりんごを傷つけるに決まってる!」
「ははっ。浩史郎信用ないなぁ。まぁ、本人の自業自得のところはあるけどさ。」
東先輩は苦笑いした。
「それに…。あの人と関わりを持つ事で、りんごが風紀委員の人とか他の子から恨まれたり、学校での立場が悪くなったりしたらと思うと心配よ。
りんごは中学で友達同士の恋愛のいざこざに巻き込まれて、クラスで孤立してしまった事があるの。
またここでも、同じ辛さを味わって欲しくない。」
「ああ、西園寺さんをはじめ、浩史郎を好きな女の子は結構多いからね。
宇多川さんは森野さんを守ってあげたいんだね。」
「ええ。」
「では、そんな友達の為に戦える姫の為に俺が宇多川さんにしてあげられる事ってあるかな?」
芝居がかった口調で私に問いかけてくる東先輩を真っ直ぐ見返して私は言った。
「あるわ。私に生徒会の手伝いをさせてくれないかしら?」
「いいよ。喜んで。石狩会長に話を通しておくよ。」
「即答ね?会長に聞いてみてからじゃなくていいの?」
「いやぁ、実はずっと前から、会長には宇多川さんを生徒会の人員として獲得できないか打診されていてね。勧誘と評して昼休み生徒会をさぼって屋上に来ていたというわけ。」
「じゃあ、最初から東先輩はそのつもりでここに来ていたのね。本当に食えない人ね。」
私は呆れたように息をついた。
「うん。こうやって、自然なタイミングで誘えるのを待ってたんだ。生徒会にようこそ。手伝ってもらう代わりに宇多川さんにできる限り力を貸してあげるよ?」
東先輩手を満面の笑みで手を差し伸べてくるのを100%は信用する事が出来なかった。
でも、もう私には他にどの道選択肢はなかった。
「よろしくお願いします。東副会長。」
相手には可憐な笑顔と映るであろう、戦闘用スマイルを浮かべて私は東先輩の手をとった。
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