第5話 口は災いの元

「そ、それから…。今はそれ程積極的に恋愛したい気持ちになっているワケじゃないんだ。君に手伝ってもらう事は今のところないよ。」


「え。あれ?そうなんですか…?さっき聞いたときは結構乗り気だと思ったのに…。」


りんごは大きな瞳を瞬かせると、肩透かしを食らって、途方に暮れたような表情になった。


「そ、そしたら、私は浩史郎先輩の為に何をすればいいんでしょう…?」


俺はしばし考えながら答えた。


「しばらくは、そうだな…。家出した猫も戻って来たことだし、ペットとの生活に癒やされたいかな?」


「もう、何それ?家出猫って私の事ですか?ふふっ。分かりました。浩史郎先輩寂しがり屋さんですものね。今は恋愛の準備期間として、傷を受けて、ちょっと疲れちゃってる浩士郎先輩が次の恋にトライできるぐらい元気になるように、ペットとして癒やして差し上げましょう!私精一杯頑張ります!!」


「おう。大いに頑張ってくれ。」


拳を握って気合いを入れるりんごに微笑みながら、俺は心の中で別方向に気合いを入れていた。


よし。そしたら、俺はこの状況を大いに利用して、りんごにアプローチを図り、男として意識してもらうよう努めよう。


タイミングのいいところで告って、甘い同棲生活を送れるよう頑張るぞ!


そうと決まれば作戦開始!まずは手始めに貢ぎ物でもしておくか。


確かカバンにいいアイテムがあった筈…。


「また家出されると困るからな。先に猫に餌をやっとくかな。」


「??」


俺はりんごの前に○ージーコーナーの紙袋に入った、大きな焼菓子の包みを差し出した。


「!!浩史郎先輩、これは…!?」


「りんごの実家にケーキを買うとき、別に焼菓子を買って来てたんだ。よかったら食べてくれ。」


りんごはパァッと顔を輝かせた。


「焼菓子がこんなにたくさん…!?

ありがとう。浩士郎先輩…!!」


「おう。」


貢ぎ物に対するりんごの反応は上々のようだった。


「今、お茶うけに出しますね。浩史郎先輩はどれがいいですか?マドレーヌ?ワッフル?チーズタルト?クッキー?」


テンション高く聞いてくるりんごに俺は優しく微笑んでやった。


「ああ、別にりんごが全部食べていいよ。」


「もう、全部食べたら太っちゃうじゃないですか。ちょっとは浩史郎先輩も手伝って下さいよぅ。パンケーキを食べた時みたいに急に体重が増えると困ります。」


りんごが、困ったように笑いながら続けた。


「まぁ、何事もはっきりさせるから角が立つんですよね。今度食べ過ぎたときは、しばらく体重計には乗りませんからね。そうしたら、太ってない可能性もあるって思えるじゃないですか。精神衛生上穏やかに過ごしていけます。」


俺は思わず吹き出しそうになって言った。


「ああ。シュレディンガーの猫って言いたいのか。」


「え…?」


「体重計に乗らなければ、太った自分と体重の変わらない自分と両方存在するってやつ。


いや、りんご、あれはあくまで覆いをかけて他人が観測不可能な条件下においての考察だから!


体重計乗らなくたって、太ったら見た目でも感覚的にもわかるだろ?


しかも、あれは量子学的な思考をマクロの世界に持ってくるとおかしな事になる=有り得ない事の説明に使われているだけで、実際にそういう世界があるとは主張してないだろ?


テレビで聞きかじった知識を使って難しいこと言おうとしたいのは分かるけど、ふっ。一体どこから突っ込んでいいやら…。」


「浩史郎先輩……。」


低い声音で呼ばれ、俺はハッとした。


ふと見れば、りんごは怒りで顔を真っ赤にしてぷるぷる肩を震わせていた。




*あとがき*

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6話と同時投稿になりますので、こちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

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