第6話 罪の発覚

しまった!つい、いつもの癖で、息をするように自然にりんごを小馬鹿にしてしまった。


土下座までしてやっとの思いで、りんごを実家から連れ帰って来たところだったというのに。怒って実家に帰ると言われたら、今までの苦労が水の泡だ。


俺は慌てて謝り、フォローした。


「いや、すまん!!まぁ、面白い考えではあるよな。得た知識をすぐ、日常生活に応用しようとするりんごの発想は素晴らしいと思うぞ?」


しかし、りんごは硬い表情のまま詰問してきた。


「そうじゃありません!どうして、私が体重の話をシュレディンガーの猫になぞらえて考えていた事を知っているんですか?」


「ん?この前、その特集を一緒にテレビで見ただろ?その時にりんごが言ってたんじゃなかったか?」


りんごは記憶を掘り起こしているのか、上に視線を巡らせた後、断言した。


「いえ、言ってません!テレビを見ていたとき確かにそんな考えが浮かびましたが、浩史郎先輩に言ったら、絶対そうやって馬鹿にされるだろうと思ったから、口には出しませんでした。思いついた事を日記に書き留めるだけにして、誰にも口外してません。」


!!!


そうだ!俺はその事を昨日森野の日記を読んだときに知ったんだった。


他の情報量も多かったし、以前一緒にテレビを見たときの記憶と混同してしまっていた。


日記に書き留めただけで、誰にも言っていない考えを俺が知っているということは…。


「も、もしかして浩史郎先輩…。私の日記を見たんですか……?」


りんごは青褪めて、最後に決定的な質問をした。


「………。」


俺はただ、冷や汗を垂らすばかりだった。


りんごにとってその沈黙は何よりの肯定だったろう…。


「嘘でしょぉ!?女の子の日記勝手に見たの?あれには生理の日付や、体重まで記載してあったんですよ!?」


りんごは悲鳴のような声をあげた。


「す…、すまん…。本当にすまん…!出来心で……。」


俺は震えながらりんごに頭を下げた。


「荷物を送ってやろうとりんごの部屋に行ったら、封をしていないダンボールの中にあれが置いてあって、ああいう別れ方だったし、気になって、つい中身を見てしまった。でも、そんな生理日とか体重なんて、見てないと思うし、見たとしても覚えていないよ。」


半分嘘だった。


体重は覚えていないが、生理日は月の中頃だった事を覚えている。後学の為に覚えて置こうと本能的に記憶していた。


すまん、りんご…!!


「だ、だって、鍵がかかっていたでしょう?」


半泣きのりんごはまだ事実を否定して欲しいかのように縋るような瞳で俺を見た。


「いや、りんご…。俺が言うのも何だが、暗証番号を自分の誕生日にするのはやめておいた方がいいと思うぞ……?」


「〰〰〰〰〰〰っ!!!」


りんごは声にならない悲鳴をあげて、頭を抱えた。


「こ、浩史郎先輩は誕生日を知るほど私に興味がないと思ったんですよ。何で…?何で…?」


「いや、一緒に暮らしてた奴が突然出て行く事になったら、気になるだろ?いや、本当に悪い事をしたと思って…。」


俺の弁解の途中で、突然弾かれたようにりんごはこちらに向き直った。


「もしかして、実家に迎えにきてくれたのも、日記を読んだから?なにが『勝算のない賭けでもちゃんと最後まで足掻いた方がいいかなと思った』ですか?


あのセリフメッチャ感動したのに…!!


浩史郎先輩には最初から私が『イエス』と言うことが分かってたんじゃありませんか!?ずっこいです!!卑怯ですよ!!」


りんごは顔を真っ赤にして喚き散らした。


俺は慌てて否定した。


「そ、それは違う!そりゃ、日記を読んで俺を嫌っていない事は分かったけど、りんごにとっては家族の方がずっと大事だと思ってたから、断られる確率の方がずっと高いと思っていた。


本当に一か八かの賭けだったんだよ。信じてくれ!」


「…………………。」


りんごは目に涙をためて、まだ疑り深そうに俺を見ている。


「じゃ、じゃあ、りんごが逆の立場だったら、絶対しないって言えるか?ああいう別れ方をして、相手の荷物の中にポンと相手の書いた日記が置いてあったら…。絶対気にならないって言えるか?」


「そ、そりゃ、気にはなるかもしれないけど、しませんよ、そんな事!多分……。」


りんごは途中から少し自信なさげに目が泳いだ。


「ホラ、絶対とは言えないじゃないか。」


俺は荒ぶるりんごの肩に手を置いて宥めるように言った。


「なぁ。りんご。何とも思ってない奴の日記だったら、興味もないし、見もしなかった。俺にとってそれだけりんごが気になる存在だったんだよ。


もう二度としないと誓う。ごめん。許してくれ。


こんな事で同居やめるなんて言わないだろ?」


「うぐぐぐぐー。分かりません。初っ端からこんな信頼関係崩されるような事があると思っても見なかったから…!!少し、自分の部屋で考えさせて下さい。」


りんごは、俺の手を静かに払うと、カバンを持って自分の部屋に向かって歩き出した。


俺はテーブルに置いてあった焼き菓子セットを手にその後を追いかけた。


「ついて来ないで下さい。」


自分の部屋の前で、りんごは振り返らないまま冷たく言った。


「分かってる。これだけでも、受け取ってくれ。」


りんごの手に焼き菓子セットの、紙袋を押し付けた。


「……。」


りんごはその紙袋に視線を落とすと、小さくため息をついた。


「分かりました。ありがとうございます。」


受け取るなり、自分の部屋に入り、俺の目の前でバタンと音を立ててドアを閉めた。


ああ、この家に帰ってきたときは、あんなにいい雰囲気だったのにどうしてこうなってしまったんだ?


俺はりんごの部屋の前の廊下に佇み、肩を落としてフーッと大きくため息をついた。

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