take・64
「デッキブラシじゃ全然落ちないぞこれ」
「やっぱりか」
「もう高圧洗浄機とか使った方が早いんじゃない?」
「どっから持ってくんだよ?」
「部下に持って来てもらうわ」
まさかこの女、その後も部下にやらせるつもりじゃないだろうな・・・?
「部活らしく、ここは洗剤でも使って自分達で落とすぞ」
「真面目キモイ」
「後でしっかり代償は頂くわよ」
「じゃあ、洗剤借りてくる」
俺に優しいのは湯川だけだよ。もう言う事聞いてくれるだけ良しとしているよ。
「善樹、こっち手伝え」
「こっちの方が汚れが酷いわ。咲川さんと同じね」
「おいどういう意味だ?」
どちらも手つだわずに、俺は黙々と自分の仕事をこなす。
するとそこに、思いも寄らぬ来訪者が・・・。
「善樹君~‼頑張ってる~‼」
「げッ・・・」
ここまで三人の反応が一緒になるのは、恐らくこの人に対してだけだろう。
「お休みの日まで善樹君に会えるなんて運命だわ‼座ってばっかりで疲れちゃった。私も手伝うわ‼」
相変わらず元気一杯で暑苦しい顧問が、ただでさえまとまらない場を更にクラスター爆弾投下並みの衝撃を与えてくる。
そしてその元気一杯な挨拶に対して反応してはいけない事は、もう誰もがご承知の事であった筈なのだが・・・。
「あ、先生、いらしてたんですね」
「あ、湯川ちゃ~ん‼元気?今から私も手伝おうかなぁ~って思ってね、来ちゃった‼」
「あ~・・・、そうなんですね・・・」
おい、貴方がその反応をしてはいけない。
貴方はその敵機の攻撃を適度に受け流しながら、最終的に撃退しなくてはならないのだから。
「じゃあ、先生はそっちをお願いできますか?」
「分かったわ、任せて。善樹く~ん‼」
麻酔銃とか誰か持っていないだろうか。最早蜜鎖よりも難敵ですらある。
でも、俺達は前回の戦闘で、このアホ教師が単純で傷つきやすいという事を知っている。ここは一つ、申し訳ないが軽く皮肉でも言って、泣いて帰ってもらおう。
(人として最低の行為なので絶対にやめましょう。ましてや先生相手には絶対にやってはいけません)
「柿沢先生」
「もう、悠紀でいいって言ったじゃない。なぁに?善樹君」
「あ、あの・・・、何で水着じゃないんですか・・・?」
絶対に間違えた絶対に間違えた絶対に間違えた。
「え・・・、もう♡・・・、スクール水着なら・・・、あるよ♡」
なんでそっちがあるんだよ。
「直ぐに・・・、着替えてくるね♡」
「ちょっと待って下さい先生。どこ行くんですか?」
「ちょっとごめんね湯川ちゃん。大事な用事を思い出しちゃって」
「それってどんな用事ですか?」
「え?そうね・・・、私にとって、私の人生に関わる大事な用事よ」
「そんな用事を忘れていたんですか?忘れてしまうくらいなら、そこまでの用事じゃないんじゃないですか?」
「湯川ちゃん?何だか変よ?疲れちゃったのかしらね」
「そういえば、今日最初にお会いした時に思ったんですけど・・・、先生ちょっと太りました?」
「なッ・・・」
その一言に、ただでさえ天気に恵まれず、空は雲に覆われた肌寒いこのプールが、より一層冷気を帯び、俺の体まで凍り付かせる。
「太りました?」なんて、世の女性には禁句である。
そんな事、小学生のガキでも利口な奴は分かる。
それは十代、二十代になれば特にデリケートになってくる言葉だろう。
それをこの普段は大人しく、何事にも流されるように適当に取り組んでいる全く生気を感じさせない湯川という女に、日頃から部員の中では唯一まともに相手をしてくれているお気に入りの生徒から、「太りました?」なんて言葉を言われたら・・・。
「な、ななななな何の冗談かしら湯川ちゃん?私は毎日朝のストレッチと昼の校内ウォーキング、夜の筋トレに食事だってカロリーと栄養バランスまで考えてやっているのよ。太ったとか・・・、そ、そんな訳ないわ。昨日計った時だってしっかりいつもの体重をキープ出来ていたわ」
この人めちゃくちゃ反論するじゃん。でも、そんなに頑張ってたんだな。ちょっと評価上がったわ。
「ナイスよ湯川さん。善樹君の前で言ったところが更にいいわ」
「いいぞ栞。もう根拠のなんて無くてもガンガン文句とか言いまくれ‼」
女って・・・、本当に恐ろしい生き物だ。
「別に・・・、いくら気にしてても太る時は太りますよ」
「あッ・・・」
そんな元も子もない事言わなくても・・・。綺麗に膝から崩れ落ちた悠紀先生は、しっかり写真に収めておきたい。
「いいわぁ~」
「ウケる」
生徒から教師に対するいじめでしかない。
「私って・・・、私って・・・」
「はい、今日は帰ってしっかり自分と向き合いましょう先生。先生なら大丈夫ですよ~」
せ、洗脳している・・・。湯川栞恐るべし。
湯川に誘導され、アホ教師はトボトボとプールから去っていった。
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