take・29

皆さん大事件です。手が離れません。正確に言うと、剝がれません。どんなに腕の立つドワーフの戦士でも抗えないような、絶対的な力を感じます。


「な、何をした・・・」

「あらあら、そんなに汗をかいてどうしたの?いつになく緊張しちゃって、可愛いわね」

「ははは、そんな事も無いさ、手がこんなんじゃなかったらな」

「うふ♡、温かいでしょ?」

「というより、動く度に少し痛いというか、こそばゆいというか、皮膚呼吸が出来ていないというか・・・」

「有名な瞬間接着剤を手に塗っているだけよ」


この女は一体何を・・・。


「僕、逃げる気なんて全く無いのだけれど・・・」

「違うわ。今日は・・・、何となくこうしていたいだけ」


そんな時、俺には一度も来ないだろうな・・・。


「善樹君」

「何?」

「ちょっと、お買い物に行かない?」


 もう薄暗い街の中へ、俺と蜜鎖は流れていく。どこへ向かっているのか尋ねても、蜜鎖は黙って歩を進めた。俺は蜜鎖に導かれるまま、色々な場所を巡っていく。その時間は、俺にどうすればいいのか、どうなっているのか、何が起こっているのか、そんな事を考える余裕すら与えず、ただひたすらに、楽しかった。


「善樹君には、これをプレゼントするわ」

「え・・・」


蜜鎖の手には、分厚い鍵付きの日記が握られていた。


「え、何怖い」

「女の子からのプレゼントに対して、誰もが想像しないレベルで言ってはいけない事を言ったわね善樹君」

「は、はは、はは」

「間違えたわ、これは私の。善樹君には、これ」

それはラッピングされた小さな袋だった。

「何怖い」

「開けて」


恐る恐る開けてみると、中にはクッキーと写真が入っていた。


「何これ怖い」

「そろそろ怒るわよ」

「はい」

「恥ずかしいのだけれど、初めてクッキーを焼いたの。初めては、やっぱり善樹君がいいから。あと、その写真は昨日お母さんに撮ってもらった写真よ。肌身離さず持っていてほしいわ」


何だろう・・・、思っていたのと違って、実に普通だ。だからこそ恐ろしい。そして、このプレゼントはデートとは関係が無い気がするのは俺だけだろうか・・・。いやいや、蜜鎖からの心の籠ったプレゼントだ。有難く、大事に受け取ろう。


「ありがとう、大事にするよ。じゃあ、俺も何かお返ししなきゃな」

「別にいいわよ。一緒にいてくれるだけで十分嬉しいわ」


何か・・・、コイツ可愛いな。俺の事好きなんかな。


「好きよ・・・、善樹君」

「あ・・・、りがとう・・・」

「何よそれ、もう‼あ・・・、雨だわ・・・」


少しづつ降り出した雨は、あっという間に土砂降りへと変わった。


「ちょっと、善樹君傘持ってないの⁉」

「こんな予報じゃなかったからなぁ~」

「何でそんな冷静なのよ⁉」


何とか雨をしのげる場所に到着したはいいものの、雨は全く止む気配は無く、このままでは二人共間違いなく風邪を引いてしまう。


「大丈夫か蜜鎖?」

「あッ・・・」


後ろを振り返ると、そこにはいかにも土砂降りイベントの醍醐味と言わんばかりの歓喜の瞬間が訪れていた。


「たっぷりくらいなら・・・、見てもいいわよ」

「よし、この上着を使うといい」

「存分に見て‼舐めまわすように見て‼」

「もうただの露出狂だぞそれは‼」

「冗談よ。でも、どうしようかしらこれ・・・。このままじゃ本当に風を引いてしまうわ」

「そうだな、家からも結構距離あるし、まだ止みそうにないからな」

「何かいい場所は・・・」

「善樹君、あそこに入りましょ」


そう、蜜鎖が指さしたその先には、年頃の男女が一度は通る道、全人類の生命誕生の地、紛うことなきラブホテルが、そこにはあった。


「この雨って、実は仕込まれてたりする?」

「さぁ、どうかしらね?」


すぐに意味深にするのやめてもらっていいですか?

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