take・7
教室のドアを開けると、俺は一瞬でそれに目を奪われた。とても美しかった。そこだけ世界が違うようだった。輝いて見えた。一人の少女が、静かに本のページをめくっていた。ただそれだけだったが、その時俺は、とても特別な何かを感じた。
「おは・・・、よう。一人なの?」
「うん」
「今日から同じクラスみたいだな、よろしく」
「うん、よろしく」
「他のみんなはどうしたんだろうな・・・」
「外の掲示板でも見てるんじゃない?」
分かってるんだよそーなんだよ。なんというか・・・、めちゃくちゃ会話が弾まない。見た目から何となく想像できたが、とてつもなくおとなしい。のかもしれない。
もう少し絡んできてもいいんじゃないかと、俺ですら思うほどドライである。感情が無いのか・・・。
「何読んでんの?」
「人間失格」
俺そんなにヤバいのかな・・・。ち、違う違う、危うく自ら命を絶つ方向にシフトしそうになっていた。
「そうだ、俺の席どこか確認しないと・・・」
黒板に貼ってある席順を確認する。
「あれ・・・、俺の席が無い・・・。俺の名前がまず無い?・・・」
「あら、それはとても興味深いわね」
「初めてまともに話した言葉が全力の煽りとかいい度胸してるなあんた!」
「大丈夫よ安心しなさい。貴方は今日はとても運がいいわ。私が保証する」
「何を根拠に・・・」
「いいから早く職員室に行って挨拶してきた方がいいんじゃない転校生君?」
「あ・・・」
「なんだあいつ?まるで何かを知ってるような口ぶりだったな・・・」
雰囲気からして何もかもが全く理解出来なかったが・・・、あれが運命の出会いというものなのだろうか。今まで見たことの無いような、例えて言うなら天使のようだった。そんな女の子にいじられるなんて、童貞男子からすれば快感、もしくは歓喜に値するのかもしれない。でも、残念ながら俺の癖には刺さらなかった。
「失礼しま~す。今日からお世話になります二年の田中丸というのですが・・・、二組の担任の先生いらっしゃいますか?」
「あ!はいはい!田中丸君ね。私が二年二組担任の柿沢悠紀です。ヨロシクね!」
「はい・・・」
「元気が無いなぁ?調子悪いの?」
「いや・・・、そういう訳では無いです」
「じゃあ何?」
「いや、先生・・・、お綺麗だなぁと・・・」
「え・・・」
「あ、いや~なんか緊張しててすいません。色々まだ心の準備というかが済んでいなくて、その、冗談というか・・・、すいません」
本当にもう帰りたい・・・。
「冗談・・・、なの・・・?」
「え・・・」
それこそ冗談なんじゃないかと思うくらいに、柿沢悠紀という教師の反応が、トゥンクしている女のそれだった。俺は全力で年齢=彼女いない歴の男子高生の実力を存分に発揮し、場の制圧に挑んだ。
「いや・・・、その綺麗というか、どっちかっていうと自分的には可愛いというか、そんな俺みたいな非リアの戯言なんてまともに相手にしなくていいっていうか、まぁ、可愛いということに嘘は無いですけれど・・・、その・・・、先生が担任で良かったなって・・・、ははは・・・」
「ほんと・・・?」
「はぁい・・・」
やたらとキモイ返事になってしまった。
「嬉しい・・・」
マジかコイツ・・・。
「私、タイプの男の人に好かれたこと全然無くって、こんな真正面から本気で見つめられながら言われるなんてほんと信じられなくて、私が綺麗って言われるより可愛いって言われる方が好きっていうのちゃんと分かってくれてるし、でも、教師と生徒のこんな関係ってなんかいけない感じがするし、でもそれはそれですっごいドキドキするし、こんなに私を愛してくれる人に次いつ出会えるか分かんないし・・・、あのね・・・、これからね・・・、ゆっくりそこの会議室で話さない?」
「いや、一旦教室に戻らないと。HRに始業式もあるじゃないですか」
つーか話さねぇよ。そんな私情満載の理由で会議室使用すんな。
今日をもって二年二組担任・柿沢悠紀が救いようのないアホだということが確定した。
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