ぺんぎん転生

Tempp @ぷかぷか

第1話

 目を開けたらペンギンだった。

 自分でも何を言ってるかわからない。

 目を開けたら真っ白な極寒の世界が広がっていた。そして周りにはたくさんのペンギンがぼんやり立っている。

 いや、そうか、俺も卵を温めているのか。足の間に卵が挟まっている。油断して転がりそうになる卵を本能に従って水かきのある足の上に置き直し、その上に柔らかく腰を下ろしてそれを温める。思ったより中腰感。その行為は昔テレビで見た記憶とも合致していた。動物番組は子供の頃から好きでよく見てたんだ。股の毛がふわふわである。


 ……いやだから俺は何故ペンギンになっているんだ。

 なんとなく記憶を思い起こす。俺は確かパチンコに行ってちょっと当たってウキウキして交換所を出たところでデコトラにはねられた。トラック……トラック転生?

 よく読んでいたラノベのよくある設定。でも転生って異世界に行くものじゃないの?

 眺め渡す。薄く青い空にどこまでも広がる氷の大地。寒い。

 ここは異世界、なんだろうか? 町中に住んでいた俺には異世界だけど。

 とりあえず月が2つ出ていたりはしなかった。うーん。


 身の振り方を考える。

 オープンウィンドウと唱えたつもりになったが、喉からはボエーというよくわからない音が出ただけだった。ステータスウィンドウも開かない。ファイアと唱えても火球は出なかった。ポエーポエー。何やってんだ、俺。ちょっと悲しくなった。

「お前、いきなりどうしたんだ」

 そんな言葉が聞こえて振り向くと、ペンギンと目があった。ペンギンの群れの外縁にいた一匹の雄。ペンギン可愛い。って俺も今これなのか。コウテイペンギンとかいうやつ?

 そうするとやはり俺はこれから一匹のペンギンとして暮らしていくしかないのか……。記憶の中のペンギンの生態をなんとなく思い出す。ペンギンって子育てが終わったら死んだりはしない生物、だよな。

「あ、あの」

「おう」

「俺なんでこんなところに」

「そら、雄だからよ」

 雄だから……。

 なにがなんだかよくわからないが、本能はそれで納得した。


「それよりもっとこっち寄れよ、寒いんだから」

「はぁ」

 そう言われてよちよちと卵を落とさないようその雄に近づいていく。俺の本能が落としたら駄目だと告げて、結構ビビる。そうえいば落としてしまうと地面のあまりの冷たさに卵が凍る、のだったか。うろ覚えの知識。

 近寄った雄の群れはなんだかぎゅうとまとまっていて、雄臭かった。端っこにくっつくと毛がもふもふしてあたたかかった。なんだか萌え。あれ、俺、雄に萌えている……。脳内がなにやら混乱する。俺に呼びかけたペンギンはなんとなくイケペンな気がする。


「あの、俺はどうしたらいいんでしょう」

「耐えろ。それだけだ」

 なにそれかっこいい。

 ちょっと心臓がトゥクンと鳴った、ような。テレビで見た知識だと雌が二ヶ月をかけて飯を持って帰る。二ヶ月? 行きに一ヶ月、帰りに一ヶ月、一ヶ月前の魚って大丈夫なの? 雌の胃の中で発酵してたりしないの? なんだか不安になった。でも卵がある以上、ここを動けないわけだしな。


 おれは今世の記憶がない。どういう経緯でいま卵を抱いているのか、どんな雌とつがいになっているのかよくわからない。俺は人であった頃はぼっちで魔法使い直前だった。俺のつがいは美人さんなんだろうか。そう思ってなんとなく群れを見渡したけど、見分けは全くつかなかった。コウテイペンギン的なものがたくさん群れている。つがいの区別はつくのかなとふと思ったが、本能が臭いでわかると告げる。

 臭い? 臭いフェチのつもりではないのだけど。

 話題が尽きた。ペンギンに話題はない。あの雄は俺が不用意に鳴き声なんかあげたから心配してくれたのだろう。

 口を開けば口内が凍る。マイナス六〇度の過酷な世界。となりにいるイケペンも先程から目を閉じて微動だにしない。雌が帰ってくる二ヶ月の間は水も飲まないのだ。え、まって、水飲めないの?

 動揺したが本能は大丈夫だと告げた。男前。


 正直、暇。来る日も来る日も雌を待つ。俺がくっついているイケペンの体温が温かい。眠い。寝たら死ぬのかな。いや、寝たら死ぬのは雪山とゲームの中だけの話だ。雪……は降ってない。

 そんなこんなで一ヶ月もたつとコツコツと卵の内側から音が響いてきてぎょっとした。ゴツ、ゴツ。予想外に重い音。そういえば昔テレビで見たペンギンは、雌が帰ってくる前は自分の胃から出した魚を生まれたペンギンのひなに与えていたような気がする。え、俺の中にも魚が保管されてるの? そう思うとそんなような、そんなでもないような。赤ちゃんに一ヶ月前に食べた魚なんてあげてもいいのだろうか。


「おお、お前が一番のりか」

「はい」

「少し群れから離れて、殻が固いからその端っこをつついて開けてやれ」

 一ヶ月ぶりにイケペンの声を聞いてまたトゥクンとした。指示に従って少しだけ群れから離れる。端っこから殻を開けるのか。コツコツと端っこを叩くと、パキリと殻の一部が破れる。それをくちばしで取り除くと真っ黒だった。ペンギンのひなの毛って黒かったっけ? そう思いながら見つめていると、なにやらその黒はもぞもぞと動いていた。

 そうだ、殻を開けるんだった。端っこからぱきぱき剥いでいくと、何だか妙に思われた。いつまでたっても頭が出てこない。あれ、なんか記憶と違う。そういえば本能はどうなんだ? そう思って本能を探ってみたけど、今までと違って何の応答もない。何か、おかしい。アレ?

 急に慌てたようなイケペンの声が聞こえた。


「おいお前。それだけ開けば大丈夫だ。早く逃げないと」

 逃げる? そう言われて卵を見ると、卵と目があった。

 自分でも何を言ってるかわからない。

 その卵の端から覗いた、卵サイズよりはるかに大きな存在を感じさせる卵とほぼ同等の大きさの目玉。なんだ、これ。そう思っていると卵からスルリと闇が伸びて自分より大きな形を取り、その先端でぱちくりと目が瞬いたあと、その闇を広げて俺を丸呑みにした。

 あれ、やっぱりここ異世界?

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