第9話 逃亡民と通訳ゲット

草食動物とは飢えやすいのか。

空腹感に動かされるまま、小さなタンポポっぽい花をつまみ食い。周りの獣人ぽい方々が喜ぶ中でモシャモシャとおやつタイムと洒落込んだ。

しかしなんとも、ボロボロな人達だ。

誰もが何かしらの怪我を負い、中には重症者もいる。

着ている服も粗末だし、首輪がついてたり部位欠損してるものも。

これはアレか。異世界もので良くある奴隷というやつだろうか。もしくは檻に入れられてなかった人は首輪がないので、奴隷狩りの被害者か……うん。こっちの方がしっくりくる。

とりあえず配下の式神を通じて見た感じ、治療を急ぐものがいる様子。ある程度の術式なら式神を通して発動可能だ。ここまできたら癒しておく事にした。ここでサヨナラは後味悪いし、毒をくらわば何とやらだ。


回復。それはとても簡単なようで難しい。

ゲームのように呪文一つで簡単に外傷を治療できれば、それほど楽なことはない。しかし怪我といっても、ダメージといっても、身体異常といってもその状態は多岐にわたる。それぞれ対処が違えば原因も違う。ゆえに医学は日進月歩。進み続けなければならない定めにある。

なんちゃって陰陽師として鉄火場に飛び込むと決めた時、まず考えたのがこの回復だった。

どのようなアプローチで回復、もとい「異常がない状態への回帰」。もっといえば「現状からより良い状態への変化・加工」を成すか。

たどり着いた答えが気による身体干渉。

これは身体の強化にも共通し、五行術を使う際の「気の練り、操作、変換」から変換を除いた前2段階を突き詰めた形とも言える。

体の損傷箇所、損傷具合、損傷回帰後予測を確認し、身体感傷によってより良い状態まで修復する。

これを完成させるとき、図書館の医学者やネットでの情報を読み漁り、そして怪異との実践で出来た傷を使い練習を重ねた。

また近所で虐待を受けた猫や怪我をしたカラスを治療したり、たまに青電灯にやられた虫にも治療をチャレンジしていたので人間以外にも経験はある。

獣人は初めてなので身構えてしまうが、まあ何とかなるだろう。ということで式神を使い治療を開始。


操気術:快気の法


式神が怪我人に寄り添い、淡い光がまるで蛍のように負傷した部位で瞬きだす。

そしてその輝きが小さくなり、やがて負傷者の体の中に吸い込まれるように消えていくと……それまで苦しげにうめき荒い呼吸を繰り返していた負傷者が、とても安らかな顔で寝息を立てていたのだ。

それはまるで傷を負ったものを祝福するかのような光景。

周りで見守っていた獣人達が突然の事態にどうしていいか分からずオロオロとする間、式神は2人3人と重傷者から癒していく。


「何ということだ……」

「これは奇跡か……」


腹を貫かれた男性が消えた痛みに驚き、目を見開いて血で染まった腹部を撫でている。

片腕を失っていた男性が、その逞しい両腕で家族を抱いて涙を流している。

肩から股にかけて大きく斬られ、死を待つだけだった少女が母の腕の中で安らかな寝息を立てている。


それはまるで奇跡の光景。


『ほら、君も』

「え、私の耳……」


砂鉄で保護され宙に浮かんだラーマの耳を頭部にあてがい、切断部どうしをくっつけて接合していく。

数分後、そこには血と泥で塗れているが、動くし聞こえる健康な耳が戻っていた。




「主様。お食事を……」

「『気にしないで』」

「分かりました」

「主様は何と?」

「気にしないようにと」


さて、治療をあらかた終えると日が落ちる頃合いだった。

いつの間にか獣人たちの中で比較的元気な青年が水場が近くちょうど良い野営地を発見していたらしい。今夜はそこで一泊することとなった。羊も共に。

そのタイミングで式神を解除したため、黒い獣の群れが砂鉄に戻り大地に消える光景に驚かれもしたがご愛嬌。

むしろ自分が今の状況に驚いている。


「ありがたや、ありがたや」

「感謝いたします!!」


比較的お年を召した方が両手を合わせて拝んでくる。

働き盛りだろう男性が土下座で感謝を伝えてくる。

その他、崇めるもの拝むもの多数。

羊は今、寺院の仏様みたいな扱いを受けていた。

クッションの代わりか、できるだけ柔らかな葉が敷き詰められた台座に座らされ、正面には果物と若葉が盛られた器が、傍には最初に助けた羊人の少女が通訳のように侍っている。

あと何故か耳をつなげた兎人の少女が甲斐甲斐しく世話しようとしてくれており、最初に彼女らを庇い戦っていたトカゲっぽい男性が護衛のように張り付いている。

邪険にされないのはいいことだが、これは何とも仰々しい。あとから食われるのではなかろうか。


「めぇ……」

「!? 主様を食べようなんて、そんな恐れ多い!」

「えっ! そんなあり得ないです!」

「勝てもしませんよ主様」


そもそも主様とはなんだろう。

この身はバロメッツ。食用特化の羊さん。そして独り身。

何かの主どころかこの世界では友人もいない。

あの助けた猿? 一期一会の出会いです。元気にやってるといいな。

さっきから兎人の少女が差し出してくるバナナに似た果物をパクリと齧る。うん、甘い。原生らしい仄かな甘みだ。


「あぁ……可愛らしい」

『そうか?』


まあ満足そうだしいいだろう。

動物園餌やりコーナーの先輩たちは、こんな気持ちだったのだろうか。

ともあれ、いつまでも「〜人」だと不便なので名前を聞いてみることにした。


まず羊人の少女はミミナ。12歳。まるで羊の毛並みを思わせる巻き気味の髪がとても可愛らしい。親を失い1人、この集団に身を置いているそう。

12歳か、小さいな……と思うも一瞬。今この身は0歳だったことを思い出す。自分の方が幼かった。


兎人の少女はラーマ。18歳。薬師をやっているらしく、この群れでは医者代わりとのこと。母も薬師だったが逃亡生活の中で離れ離れ。群れにはラーマしか薬師がいない状況らしい。

人を助ける意識が強いのだろう。羊が皆を治療しているときにサポートしようとしてくれたり、終わったら誰よりも先に礼を言ってきた。そしていまの手厚いお世話な状況である。またバナナが口元に、うまい。


トカゲ人の青年はザリード。わりと獣の特徴が強い青年である。

皮膚はウロコ、目は縦に瞳孔が開いており、口は大きく二股の舌が出ている。基本的なベースは人間であり、トカゲの特徴をこれでもかと盛り込んだ感じだ。

この群れでは2番目の実力を持つ戦士らしい。


戦士はまだおり、その中でも紹介されたのは鳥人のエピルという女性と、熊人のボーグという大柄な男性だ。それぞれ4番目と3番目に強いらしい。

なら誰が1番強いのか、そう聞くと「戦死したエピルのお姉さん」との答えが。実際は戦死ではなく戦闘中の行方不明らしい。未だにザリードが2番目というのはそれが理由で、帰ってきたときのために席を空けているそうだ。

まあ席によって何か称号があるわけでもないので、皆の意識の問題なのかなと思う。それだけ慕われているのだろう……その1位の方が。

ぜひ会ってみたいものだ。


そしてこれ重要。なんと羊人のミミナだが、羊の自分の言葉が分かるらしいのだ。メェしか意思疎通の手段がなかった羊に革命である。

今日からでもミミナに通訳をやってもらえないか交渉しようと、羊は心に決めた。



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異界法則バロメッツ! 3号 @tabito54

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