第6話 猿と別れ、戦場へ行きつく
パイナップルとの戦闘が終わり、羊はご機嫌でパイナップルの身を齧っていた。
見た目は返り血で真っ赤な口もあれば鋭い牙もあり、何よりカラーは毒々しい赤色だったのだが……。
ちょっとグロい部分を思い出す口さえ残せば、残りの身はとても甘くて美味しいものだった。
前世で重傷を負い、入院した時に知人が差し入れてくれた果物を思い出す。
腐れ縁の友人だったが一応気は使っていたようで、かなりお高そうなフルーツバスケットだった。
当然質もよく、普段はフルーツなんてあまり食べないのに、あの時ばかりは腐らせてなるものかと勢いこんで完食したのを覚えている。いや、フルーツが美味かったんだ。
その後、内臓への負担増が原因と診断され、入院期間が伸びた事は余談としておく。
つまり一度の体験だが、羊は美味いフルーツがどんなものかは知っていた。
これを踏まえても、今回のパイナプルは相当に美味い。
濃厚でありながらしつこくなく、それでいてコクも旨味も感じられる。口溶けは柔らかすぎず、硬すぎず。酸味もあるが口内に刺激を残すほどではなく、爽やかなアクセントとして味を昇華させている。
見た目さえ、見た目さえ目を瞑ればパーフェクト。
いやもう前世にもビーツみたいなパステルカラーな赤色の野菜もあったわけだし、案外と変じゃないかもしれない。
慣れればいいんだ、スイカだって赤もあれば黄色もある。
であるならパイナップルにも赤色があってもいいじゃないか。結論、美味いは正義。
ちなみにパイナップルは口を境に上の部分をもぎ取って食している。口の奥、食堂にあたる部分が茎と繋がっていたようで、残した口から下は未だに茎と繋がり羊の頭上で揺れている。
茎の下、地面のすぐ近くの根本部分が不自然に膨れているが、余計なグロに関わりたくはないのでスルーを決め込むことにした。
けれど、あろうことか猿たちがその膨らみに攻撃を始めたではないか。
爪や牙、その辺に落ちてた比較的鋭利な石などを使って切り裂こうと躍起になっている。
羊はそっと、頑張る猿たちに背を向けた。
食事中にグロいものは見たくないのだ。
気分も萎え、あんなに感動的だったパイナップルの味が減衰したように感じる。
猿たちが頑張る声と、なにかを引きちぎるような音。なかなかに苦戦してるようだ。
仲間が喰われたのはそりゃ不憫には思うが、わざわざ胃を切り開かなくてもいいのに……。
どさっと何かが地面に落ち、鉄の匂いが鼻をついたあたりでもう、振り返らずにパイナップルだけ持ち逃げしようかなと考え出したときに、猿たちの大きな歓声が上がった。
「メェ?」
好奇心とはときに理性を置き去りにし反射の域に至るもの。見たくないと思っているのに目は意思に反して猿たちの歓声の方へ……。
そして度肝を抜かれた。
なんと猿たちが入れた切り込みから、何かの粘液に濡れた猿の腕が突き出していたのだ。
腕は一度引っ込むと次は二本突き出し、割れ目を拡張するように横へと押し広げていく。
「ウッ……キャァーーー!!」
「「「キャァーー!!」」」
そしてとうとう頭が出てきた。
仲間の猿が数匹がかりで割れ目を広げる中、自ら身体を押し上げるようにして這い出る猿。未だボコボコと膨らみが不自然に動いてるところを見るに、実は食われた猿たちは生き残っていたようだ。つまりこれは必死の救出劇というわけで。
『まあ、仕方ないか』
這い出た猿に他の猿たちが集まり、一瞬猿たちが膨らみから離れた隙を狙って、砂鉄の刃が膨らみを横一文字に切り裂いた。
途端、ドバッと溢れる粘液と流れ出る猿たち。
もはや一目で手遅れという奴もいるが、割と多く生き残っていたようだ。
救出側の猿は呆然とし、弱った猿はその場でもがき、比較的元気な猿は体を起こしてしきりに周囲を見回している。
「メェ」『まぁ、元気でやれよ』
回復するためにはいい栄養素が必要だろう。パイナップルを半分ほど残して羊はその場を後にした。
後ろでは賑やかな猿の喧騒が聞こえてきていた。
それから暫くのち。
羊は木々が深くなってきた森の中、程よい大きさの川を頼りに散歩していた。
『ふぅ、なんかあったけど、とりあえず美味いの食えた』
今世が草食動物だからだろうか。気分は高級焼肉でも食べたかのように満ち足りている。
少し重くなった体も、この気分の前にはまるで羽のようだ。というのも、先ほどの戦闘で使用した砂鉄を自然に帰さずに持ってきているからだ。
この世界で初めて使った法術の媒体。自分の気がしっかり染みついた砂鉄は今後良い護身具になる。
捨てるのはちょっと勿体無かった。
しかしこの身は羊である。どうやって持っていくのか。
その応えが水面に映った姿である。
『我ながら、こう、かっこいいけど……不吉?』
元々は最高級羊毛素材のバロメッツ。その毛は脱色の必要がないほどに純白を誇っていたのだが、今はむしろ漆黒に染まっている。
ポケットがないなら毛に絡めてしまえばいいじゃない。その発想の結果が黒羊である。西洋諸国なら悪魔とでも言われそうだ。これをかっこいいと言った羊の心には未だに厨二のソウルが残っている。
とはいえ、とても実用的なので羊的には満足だ。
不意打ちに対しても防具がわりになり、操作すれば大きな攻撃手段になる。食われることに全振りした残念生物バロメッツにとって、武力を持つ事は無くてはならない生存戦略なのだ。
「スカン!」そう、つまりこの様に突然、羊を仕留めようと矢が「ガキン!」飛んできても大丈夫という……。
「メェ!!??」
黒い羊毛に阻まれた矢が地面に落ちる。衝撃すら羊毛が優しく受け止め羊は何の痛痒も被ってはいないが……突然はやめて欲しい。そんなにこの身は美味そうだろうか。
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