第5話 五行術士

猿で活動可能なのは恐らく三体ほど。

しかし無傷ではなく、重傷を負っていないだけだ。無理をするとすぐに行動不能になるだろう。

ゆえに羊は自身の気に闘志を乗せて解放した。


「キキィ!?」

「メェ!」


よく下級妖魔相手に使用していた威嚇の方法。

単なる殺気とは違い、実際に体を突き抜けるような威嚇にたじろぎ、反射的に小猿の守りを固めている。

そう、それでいい。


「メェ」『そのまま守ってろ』


伝わるかは分からない。自己満足だ。

しかし猿はお互いに鳴き合うと木に登り、小猿達を囲んで自らの身を盾に防御を固めてくれた。

言葉は伝わらなくても、伝わる意思はある。

これで不安は少し、減った気がする。


「グギャオアアア」

『悪いねパイナップル。待たせちゃったな……始めようか』


蔓を振り上げるパイナップル。対する羊は静かに体内で気を練り上げる。

生前、なんちゃって陰陽師をしていた頃。占術や理論などは体系だって学ぶとをしなかったため、詳しくはない。

が、独自に研究して自分なりの解釈を元に習得した技法がある。

その内の一つ。名付けて「五行の理」。

世は火、土、金、水、木の五つの元素で構成されており、それぞれが……。

火生土、土生金、金生水、水生木、木生火とし循環し。

火克金、土克水、金克木、水克火、木克土とし打ち消し合う。

故にこれらが其々の相性であり性質となる。

細かい決まりはあれど、基本はこの様な理となる。というものだ。

これら元素は其々、火気、土気、金気、水気、木気となり、つまるところ気の性質変化である。

純粋なエネルギーである気を自身の体内で練り、方向性を与え、性質変化を促し、術として顕現。

五行の理を基礎理論として概念付けし、多くの状況に対応する万能型。それが自分だった。

いまは人の身を離れ、意図せず羊の身となってしまったが、自分が自分である限り、自ら練り上げた力は

失いなどしない。


「シァッ!」

『相手は植物。木気に類するもの。つまり選ぶのは自ずと決まる』


打ち出される蔓の鞭。迎撃するは、地面から突き出た砂鉄の刃。


金気法術:砂鉄操演


暗闇色の流動する刃。時には鞭のようにしなやかに、時には大剣のように豪快に、

さまざまな斬撃でもって蔓を輪切りにしていく。

これに腹を立てたのか、はたまた獲物を捉えることしか考えていないのか。追加で二本の蔓を繰り出してくる

パイナップルだが、同じこと。

羊の周りでまるで付き従うように漂っている砂鉄が、一定範囲内に入った蔓を瞬く間に切り捨てていった。

「砂鉄操演」。それは金気に属する鉄の粒子である砂鉄に干渉し、まるで指揮者の如く操る術法。


「グジャウオオォォ」


三本もの蔓を切られて咆哮を上げるパイナップル。同時に足元に違和感を覚えた羊は反射的に跳躍していた。

数舜の後、羊が立っていた場所を貫くように地面から突き出た緑の棘。もはや杭と言ってもいい太さ、大きさ、

鋭さ。貫かれたらタダでは済まないだろう事が容易に想像できる。


『地面からって、えげつないな……』


避けられたのは幸運と直感のおかげだろうか。いや、本当に避けたのか……?

そんな疑問を持った直後、棘がさらに伸張し羊を襲撃してきたのだ。


『ちょ、油断しかけた!』


急いで砂鉄を収集。足元で盾にしつつ足場として空中に着地する。

下では砂鉄を圧縮した盾に蔓が突き立つ音が断続的に響いている。

もはや蔓というよりタコやイカの変幻自在に動く触腕と考えた方が近いかもしれない。

このままでは、破れるのは時間の問題だ。

もっとも防御に徹すればだが。

何度も砂鉄の盾に突き立てられていた蔓が、突然動きを止めてバラバラになり、地面へと落ちていく。

周囲には削られ散っただろう砂鉄の粒子が、微かに漂っていた。


「ギギュア!?」

『悪いね、例え散らされても砂鉄の操作は問題ないのさ』


空中に舞う砂鉄の粒子を極小の刃に見立て、全方位から切り裂く。

薄く、小さく、しかし切れ味鋭い刃の群れ。

落ち葉舞う林道で舞い散る木の葉をかわし切ることは出来ないように、この刃の群れを

かわし切ることは容易ではない。

砂鉄の粉塵はパイナップルの猛攻のおかげで、パイナップルを含む広範囲に広がっている。

つまり、敵はそれとは知らず、自らの包囲を完成させてしまったことになる。


「メェ」『終わりだ』


羊が一声。数舜後、パイパップルの茎や葉にまで無数の線が引かれ、バラバラと重力に引かれて

崩れ去っていった。

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