第7話 戦場と羊

突如として飛来した矢を砂鉄ウールで偶然にも防いだ羊。さて誰がこの身を狙っているのかと戦々恐々としていたが、どうやら自分を狙ったものでは無い様子。


よく見ると近くにもかなりの数、矢が突き刺さっている。


「めぇ?」『なんだ??』


首を傾げつつ移動を再開。その間も散発的に矢が飛んできては木とか草むらに刺さっている。


これはまるで戦国時代の戦のようだ。大河ドラマで見た。

となると、近くに開けた場所があるはずだ。


砂鉄をウールだけでなく露出してる顔や手足にも纏い、防備を完璧にした上で矢の飛んでくる方向に歩いてみる。フルアーマー羊の完成だ。ただ装飾などないので、傍目にはただの黒い羊サイズの何かである。


この世界の弓は割と飛距離があるのだろうか。方向を定めてもなかなか視界が開けない。もしかしてゲリラ戦とおもっていると、ようやく羊イヤーに鉄火場の声が聞こえてきた。しかし、しかしだ……。


「#<・÷%〆^:…〆%〆6」

「<:3〆|〆<・!!」

「〆<・#3〆6〆〒!!!」


言葉が理解不能だった。


いやある意味当然か。同じ世界でも日本と海外じゃ言語が違うのだ。なんとびっくり、言語とは5,000以上存在するとまで言われている。日本語なんてその1つに過ぎない。日本語に限らず、自身が理解できる言語なんて全言語からると雀の涙程度だろう。


もとの生まれた世界でそうなのだ。ならば異世界で羊になってしまった近今、言語が通じるなどと思う方が筋違いというものかもしれない。


そもそもなのだが、今の自分の主言語は「メェ〜」なのだ。他の言語はなし。シングル。羊にしか通じない。

せめてバイリンガル(羊語と人語)にならないと今後野生でしか生きられないと考えながら、適当な高さの草むらよりひょっこりと顔を出す。


さてどんな奴らが戦ってるのか……多少ワクワクしながら見学モードに入ると、どうやら戦争とは少し違う様子。

例えるなら襲撃者と迎撃者か。


片方は革で出来ているのか薄汚れた鎧に身を包み、頭部を守る防具はなく、伸ばしっぱなしの髭面が惜しげもなくさらされている。なんというか、お近づきになりたくない感じだった。


特に今はもう近寄りたくない。羊の嗅覚は人間のそれより鋭いのだ。悪臭はダイレクトに拾ってしまうので辛いのなんの。彼らは一体どのくらい洗ってないのか。服はどれほど着たままなのか。考えたくもない。茶色の服を着たものばかりだが、もしかしたら元は違う色だったのかもしれない。


そんな彼らだが数は多そうだ。それに粗末ながらも武器を持っており、統率がとれてないが勢いはある。


烏合の衆も数がいれば立派な力になるといった感じだ。

ただの数の暴力ともいう。


対して相手はというと、粗末な服に靴もろくに履いていない。しかも男性だけじゃなく女性や子供もいるようだ。

数としては半分くらい。


戦力も少ない、数も少ない、更には女性は子供を庇っており、敵を受け止めるのは男性のみ。もはや敗色は濃厚だろうことは明らかだった。


しかし彼らは強かった。


それぞれ体格もバラバラで、おそらく頭頂部に耳がついていたり尻尾があったり鱗があったりと種族もバラバラなんだろう。しかし皆が守る、生き延びるという意志を持って武装集団に立ち向かっているように見える。


熊のような体格の男が飛来する矢に恐ることなく立ちはだかり、背後の子供を護っている。


鱗を持つ青年が鋭い爪のみを武器にして、血に塗れるのも厭わず武装してる相手に生身で挑んでいる。


ウサギの片耳が千切れた少女が、顔の半分が赤く染まるのも気にせずに負傷した仲間の手当てをしている。


羊の周囲の砂鉄が踊った。

口からは炎が漏れた。

事情も経緯も何も知らないが、この光景だけでどっちに味方するかは気持ちが決めてくれた。


金気法術:砂鉄操演

陰陽法術:式神隷郡


自身の砂鉄のみではなく、周囲の地面からも黒い靄が立ち上る。それらは複数の塊となり、やがて立派な巻き角を備えた黒羊の群れが生まれた。

ガリっと下土を掻く蹄は闘気を湛え。

草食動物であれど、大人しくなどない。

横に並んだ彼らはランスを構えた騎馬に同じ。


総勢数十にも及ぶ黒羊の群れ。そんな彼らに主人からの命が下る。それは端的、かつ彼らが最も求めしオーダー。


「メェ」『突撃』


それは歓喜にも似た地鳴りの響き。

この時、戦場に黒い津波が放たれた。


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