第3話 羊の放浪

花畑で一夜が明けた。

食われかけた後なので、なかなか眠れないかと思ったが……まさかの熟睡。疲れてたのか、それとも花畑に幾つかある大岩に身を隠してた安心感なのか、どれにしても自分の図太さには呆れる。


『……腹減った』


眠気だけでなく、腹の虫まで図太い様子。

羊になってから初めて感じる空腹感。

モコモコの毛並みの下でお腹が小さく主張する。


『やっぱ茎から栄養取ってたんだな……さて、なんか食べようか』


羊といえば草食動物。そしてここは花畑。

必然、植物は大量にある。

前世は野草や山菜も分け隔てなく美味しく食べていた故に、特に抵抗なくどれからいってみようかと周囲を見回し……。

ふと、自分が生まれただろう花が目に入った。

比較対象がないので何ともいえないが、今の自分よりも倍くらい大きいチューリップに似た花が、根本付近から食いちぎられている。根と付近の葉っぱは無事みたいだが、食いちぎられて地面に放られた茎と花弁の部分はもうダメだろう。

そういえば聞いたことがある。一部の地域では植物の花の部分を好んで食べる料理があると。


『……食ってみるか』


モンシロチョウの幼虫が生まれてすぐに己が卵の殻を食べるように、最初のご飯として自分の生まれただろう花を食すというのも一興だろう。

どっからいくか、花弁か?


『お、これ美味い』


どことなく甘く、程よい歯応え。良き。

茎はアスパラガスの様な感じ。ドレッシングが……と思ったけれど羊的には現状がベスト。うまうま。


『はっ!気がついたら半分くらい食べてた!!』


夢中で食べてたらだいぶ小さくなっていた花弁。茎なんてもう残っていない。


『自分の体積と同じくらい食べてね? いや、うん、よく入るな我ながら……』


考えたら生まれてこの方茎からの栄養供給、つまりは点滴状態に近かったため胃も腸も空っぽだったのだろう。むしろ初めて使った可能性まである。

文字通りの命綱たる茎が切れた以上、身体が早急に栄養を欲し、胃腸がフルに応えたのかもしれない。

人間の体で同じことをすれば胃腸に負担が大きく最悪死につながるが、どうもこの羊ボディは頑丈らしく満足感以外の変化はない。

……結局、折れた部分のほとんどを平らげてしまった。


『ごちそうさまでした』


声に出しても「メェ〜」にしかならないので、心の中で合掌する。

とりあえず腹は満ちた。


『さて、これからどうするかな……とりあえず移動しないと、こんな見晴らしのいいところじゃ肉食獣に囲まれてディナーになってしまいそう』


今自分がいるのが日本では観光地になりそうなほどに美しい平原のど真ん中。岩陰に咲いた一輪のバロメッツだ。

この世界の草が高いのか自分が小さいのか、幸い体の半分くらいは草に埋もれているが、隠れるというには無理がある。

先程のオオカミもそうだが、見つかってしまえば一直線に向かってこられてしまう。せめて身を隠せる障害物は最低限欲しい。


『となると森か』


草原のその先、外縁部に見える木々。おそらく森だろうそこが最初の目的地になりそうだ。




みなさんは道草を食ったことあるだろうか。

帰りに本屋さんに寄るとか、ついでにスーパーで買い物して帰るとか、そんなチャチなもんじゃ断じてないやつ。

羊はそれを今、まさに行なっている。


『ん……これはなかなか。甘みがある』


森へ向かう道すがら、美味しそうな草や花を見つけたらつまみ食いが止まらない。道草意外に美味いと感じるのは草食動物の性か。個人的には花が好みです。

四本の足で歩くのもだいぶ馴染んできた。いや歩くのは不思議と初めからできたのだが、いかんせん感覚的に違和感が半端なかった。

なんせ顔面が1番前にくるのだ。これだけで怖い。そして足元もよく見えない、後ろ足など特に。さらに地面が近い。結論、総合的に慣れない。

視界は低いしモコモコの体毛はよく枝葉を引っ掛ける。お陰で森に入ってからこの方、すっかりギリースーツみたいになってしまった。巣立ちの時のぬいぐるみ感は遠い過去の話だ。これがちょっとオヤツを携帯してるみたいに感じてしまうから草食動物というやつは……。

そういえば草食動物になったが、今後はベジタリアン生活なのだろうか……好物の唐揚げとかモツ鍋はもう食べられない? 焼き魚も? 嫌だ泣きそう。

何がダメージデカいか。刺身や寿司だろう。ワサビ単体なら草食的に大丈夫かもしれないが、それはもはや罰ゲーム。

食べられたして、まあ……カッパ巻きと茄子の漬物が乗った謎のアレくらいか。あとコーン軍艦? なぜか好きだったなぁ……あれ。

今は遠い食べ物のことを考えていたせいか、どこからともなく甘い香りが漂ってきてるのに気がついた。

クレープなどの人工的な甘味じゃない、自然に作られた花や果物の甘味を感じる匂い。

考えるより先に足がそっちに向かっていた。

その辺の雑草も美味しく感じる今日この頃、でもやはり美味いものには飢えていたようで。

気がついたら草とも木ともつかない、なんだか大きな植物を見上げていた。

これが匂いの正体だろうか。優しくも頭に響く甘味の香りが周囲に充満している。より濃ゆいところ、より強く甘さを主張する方向を探してみる。そしたらすんなりと匂いの元を見つけることができた。

それはくすんだ赤色の果実であり、巨大な植物の天辺あたりに一つだけ実っている。

外見は、色味は違うものの、どこかパイナップルに似ていた。しかし圧倒的に違いが一つ。


「ギュゴァァォ!!」


そのパイナップルには半周まで裂け、鋭い牙が並び、舌先から血液混じりの唾液を振り撒きながら「何か」を咀嚼する口がど真ん中についている。更にはまるで獣のような唸り声まで。


『うわぁ……』


改めて、ここが元いた世界とは違うと確信させるには充分すぎる光景だった。



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