第25話 魔奏具
リン、マリア、シリアの戦闘が終わり、まだ見ぬフィオが何処にいるのかというと、ラッシュボアと戦っている最後のSクラスの生徒、ルゼット・エルセダインのサポートをしていた。
ルゼットはいくつかの魔法を行使するも、致命傷になるほどのダメージを負わせられず苦戦している。
フィオが魔力増強の魔法をルゼットに付与しているのにも拘わらずだ。
突進するだけしか能のないラッシュボア相手に、致命傷を与えられない魔力で、どうしてSクラスに入れたのかフィオは疑問に感じていた。
「彼女には何かあるのでしょうか・・・」
フィオは悩んでいた。魔力増強でも倒せないのなら、どうやってサポートすればよいのか決めかねていた。
「・・・・・・」
やっぱり魔法だけじゃ、自分の才能なんてこんなもの。フィオだったかな、私をサポートしてくれているけど、それでも倒せないほど私の魔法は弱い。仕方ない、アレを使うしかないかな。できればまだ使いたくはなかったのに・・・
ルゼットが何かを決意した時、ラッシュボアが既に勢い任せで突進してきていた。
「!? しまった、油断した」
気を抜いたつもりはなかった、そう長くは考え事していなかったつもりなのに。気配に気づいた時には、もう回避する事すら厳しい状況だった。
「無理・・・間に合わない」
回避不可能と判断して、可能な限りの障壁を作り出して致命傷だけは避けようとした。
「オールレンジ・ディーセラレイター!」
突如、ラッシュボアに何かしらの魔法がかかった。
「えっ? 急に遅くなって・・・これなら避けられる」
ルゼットは、大きく横に飛び跳ね間合いを取った。
「ルゼット様、私が魔法を持続している間は、減速した状態です。今のうちに止めを刺してください」
「ありがとう・・・フィオ」
あの子、減速魔法を使うなんて驚いた。かなり高難度なはずなのに。
「ほう・・・まさか減速魔法を使えるとはな。しかも、全範囲で。レンといいマリアといい、フェイグラム一家は底知れんな」
これまで顔色1つ変えなかったディアナは、減速魔法を見て薄く笑みを浮かべていた。
「折角の好機を逃すわけにはいかない」
ルゼットは、背負っていたケースから筒のような物を取り出した。
「あれは、魔奏具! 彼女は吹奏魔族だったのか」
約200年前の大戦で滅びたと聞いていたが・・・生き残りがいたとはな。魔奏具は、今となっては神器とも言われるほどの代物だぞ。
「いくよ、エグゼブリュート・・・魔奏曲第5奏“雹華燐”」
心を癒すかのような美しい音色で魔奏具を奏でているルゼットは、次第に全身が魔力に覆いつくされ、今もなお動きが鈍っているラッシュボアの上空に魔法陣が出現する。
すると、その魔法陣から無数の雹がラッシュボア目がけて降り注ぐ。そして、命中した瞬間マッチに火が灯るかのようにラッシュボアの胴体に着火し燃え広がっていった。
「グォォォォン」
ラッシュボアは悲鳴を上げ暴れるが、無数に降り注ぐ雹華燐の前では成す統べなく力尽きていった。
「・・・ふう」
演奏を止め決着がついたことによって安堵し、早々と魔装具をしまうルゼット。
「お見事でした。何かあるとは思いましたが、その様なスキルをお持ちだとは思いもよりませんでした」
「フィオ、色々ありがとう。助かった。でも、この魔奏具の事はあまり詮索しないでもらえると助かる」
「承知いたしました」
フィオは、これ以上立ち入ることはせず、一礼してその場から退いた。
「いい物を見せてもらったよ。生きているうちに魔装具を拝見できるとはね」
「教官・・・今の事は・・・」
「ああ、わかっている。口外したりしないさ。何かと騒ぐだろうしな。だが、魔装具の存在自体を知る者はごく一部の者だ。吹奏魔族の存在自体、歴史上から消されているからな。万が一見られたとしても簡単に気づく輩はいないだろうさ」
「・・・・・・」
「まあしかしだ。今の戦いから考察しても、その魔奏具を使わないと戦闘は無理だな。魔奏具を使いたくないというのなら、しっかりと魔法訓練することだ」
「・・・はい。返す言葉もありません」
「さて、残すところはレン・フェイグラムだけか・・・」
――――――――――――――――――
「兄さん、さっきから何をしているのかしら」
「攻撃しないで避けてばかりいるね。でも、あの攻撃を普通に避けているのが凄すぎなんだけど・・・」
「兄さんなら、あんなの簡単に葬り去れるのに」
マリアは、なぜ攻めあぐねているのか不可解でしょうがなかった。
少しずつ攻撃して、どの程度の威力で倒せるかは把握できたけど・・・どうしたものかねぇ。
レンは、ここで実力を出すのを躊躇っている。脅威度Aの魔獣を単独で倒す学生は過去にいない。それを実現させてしまったら、今後の俺の学生生活が面倒な事になりうるかもしれない。『勇者誕生』とか『悪を滅ぼしてください』とか・・・
そういう事に縛られるのを極力回避したいから、できるだけ苦戦して倒そうかと考えていた。
俺は、誰かの為に戦うんじゃない。自分の大切な人を守るために強くなり救いたいんだ。
正直、わざと負けて、たいしたことないと思わせようかと考えていたりする。
「レン・フェイグラム!」
突如、名前を呼ばれて声がした方に振り向く。
「なんだ、凛?」
「くっ、また名前を・・・あなた、さっきから逃げ回ってばかりで、何をしているのですか? まさか、恐れて攻撃もできないなんてことではないでしょうね」
「は? そんなわけないだろう」
何を言うかと思えば、俺をチキン呼ばわりですか。
「いいえ、あなたはビビっています! 脅威度Aの魔獣を俺1人でなんて無理だよ! って、思っています」
「いやいやいやいや」
また、こいつの悪い癖がでている。勝手に思い込んで、勝手に自己解決する悪癖。
「ですので、私が変わって差し上げましょう」
「はい?」
「ですから、弱いあなたの代わりに、私がその魔獣と戦って差し上げます。と、言っているのです」
「・・・・・・」
「どうしたのです? なぜ、黙っているのですか?」
久々に頭にきた。こうもまあ、勘違いでここまで自信満々に物が言えるなと思う。
「・・・いや、お前の勘違いでバカさ加減に呆れて物が言えなくなったよ」
「は? 誰がバカですって! 生まれてこの方、そんなこと言われたこともありませんのに・・・許せませんわ、レン・フェイグラム! 今すぐ、その首をもらい受けます!」
大鎌を取り出し、戦闘態勢に移行する凛。
「おい! バカ! 今は、お前と戦っている暇はないんだ」
「また、バカって言いましたね! もう生かす価値はございません!」
そう言って、レンに向かって攻撃を仕掛けようとした時、突然何か警報のような音が鳴りだした。
「なんだ?」
「これは・・・」
「なにかあったのかしら?」
『緊急警報! 今すぐ、全員その場から離脱してください。ナイトメアヘッジホッグの消去していたプログラムに異変が生じ暴走する可能性大です』
「なんだと!」
ディアナは強張った表情になり、急いで俺たちに近づいた。
「早く全員非難しろ! レン、お前もだ」
俺は、ナイトメアヘッジホッグの様子を伺っていた。確かに憎悪の魔力が溢れてヤバい感じになっている。かなりの興奮状態で今にも襲ってきそうだ。おまけに、消されていた猛毒も復活しているな。
「ディアナ教官、これどうやって抑えつけるんですか?」
「それは・・・暴走モードに移行してしまっては、おそらく物理的に破壊しない限り事は収まらないだろう」
「それは誰が?」
「今、学院長に連絡して、すぐこちらに来れる教官を呼んでいるはず」
「それで、こいつを止められるんですか? 脅威度AどころかAAですよ、これ」
「・・・・・・分からんが、やるしかない」
「・・・・・・はあ。俺がやります」
「!? 何を言っている。それはダメだ! こんなのを生徒に任せられるわけないだろう。怪我じゃすまされないぞ」
「だからと言って、教官や学院長だけでは無理だと思いますよ。それこそ、死にますよ」
「・・・しかしだな」
「俺に考えがあります。俺1人でやるわけではありません。ここにいるみんなに協力してもらいます。マリア、いつもの遊撃頼む」
「ええ、任せて!」
「フィオは援護で全員に耐毒の魔法頼む。それと、凛。お前はあれだけ大口叩いたんだから、俺と一緒に前衛で戦うぞ。やれるよな?」
「承知しました」
「フン! あなたに言われなくてもやって差し上げます。あなたを成敗するのは、これを倒してからにします」
「エミリオ、お前はあいつの射程内に入らないよう、遠距離から傷ついたり毒を受けた人の回復を頼む。でも絶対に無理はしなくていいからな。危ないと思ったら離脱しろ」
「は、はい。頑張ってみます」
「残りは・・・できる範囲で構わないからサポート頼む。だが、絶対に射程内には入るな。危険と感じたら絶対に逃げるんだぞ」
「うん・・・ちょっと私には荷が重すぎるわ。レン君、お願いね」
「ディアナ教官は、みんなを見ていてくれますか? その方が俺も安心です」
「・・・分かった。お前も危険と感じたら、すぐに撤退するんだぞ! いいな、命を粗末にするなよ」
「ええ、分かってます」
じゃあ、行くぞ。猛毒攻撃は絶対に食らうなよ!
「了解!」
脅威度AAのナイトメアヘッジホッグ≪暴走≫と戦いがはじまる・・・
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