第24話 希望の光
マリアの戦闘が終了する数刻前・・・
リン・レイシアが自分と戦う魔獣を見て考え込んでいた。
『私の相手はキメイラ・・・仮にも学年主席である私なのに、もう少し歯ごたえのある魔獣が出てくると思っていましたが、がっかりです。レン・フェイグラムは本当にナイトメアヘッジホッグで、その妹はバンデッドウルフ5体・・・それに対して私は脅威度Cのキメイラ1体だけなんて』
「なめられたものですね」
リンは自身がこの学院でトップだと自負していた。妖魔族の姫であり、生まれながら魔力保有量はずば抜けて多く、成長後は妖魔族一の魔術士として、民にもてはやされていた。
それなのに、自分よりも劣る人族のフェイグラム兄妹より下等な魔獣が当てられたため、些か機嫌が悪くなっている。
「さっさと終わらせて、忌まわしきレン・フェイグラムが脅威度Aの魔獣とどう戦うか、大変不本意なのですが拝見させて頂きましょうか」
そう口走って身構え、愛用の大鎌【ダーク・ツェペリオン】を取り出した。
リンの大鎌を見るや否や、警戒したのかキメイラが口から炎を吐き出す準備をした。
「その程度、避けるまでもないです」
リンは足元に魔法陣を構築。漆黒の魔力波が全身に覆われ、その魔力を全て大鎌に宿らせた。すると大鎌が黎く輝きだす。
準備が整ったキメイラが炎を吐き出し、リンをめがけて燃え盛る炎が襲い掛かる。
「その炎ごと切り裂いて頂きます」
膝を曲げ態勢をやや下げて、大鎌を後方に振りかざす。
「黎黒の閃撃 “斬”」
後方に振りかざした大鎌を一気に振りぬく。
黎き刃が近づいていた炎を真っ二つに切り裂き、衰えることなくキメイラの元まで、その刃が駆けていった。
『ザシュッ』
まさに、一刀両断だった。リンの大鎌から繰り出された鋭き刃は、キメイラの胴体をいとも簡単に切り裂いた。
「ギュアァァァァ」
キメイラが絶命した。
「・・・・・・つまらないわね」
リンがキメイラを容易く葬ったが、キメイラは決して弱くはない。王国随一のソルシエール学院の生徒でも、入学当初はキメイラを単独で撃破は不可能に近い。それは特待生も含まれてのことだ。
この学院の特待生レベルでも、入学当初は優れた者ですらDランク冒険者程度の実力しかない。ほとんどが実践経験もなく、単に試験項目での魔力保有量や資質でクラス分けされる。
リンも含め、幼いころから冒険者として実践を積んできたフェイグラム一家があまりにも異質なのだ。
その一例が、第3王女シルメリア・エルシュタイトである。
「うわっ」
シリアが魔獣の攻撃を何とか躱すも、態勢を崩し膝をつく。すかさず、魔獣はシリアに向かって棍棒を振り下ろそうとしていた。
「危ない! カバーシールド」
危険を察知した、ラトゥーナが素早く障壁をシリアの前に出す。
『ガイィィィン』
棍棒が障壁に当たりはじき返し、その反動で魔獣が倒れた。
そう・・・棍棒を持つ魔獣、ゴブリンである。
多くの生徒は実践経験がない。たとえ矮小のゴブリンだとしても経験がない者にとっては脅威に感じるだろう。
シリアもその実践経験がないうちの一人だ。これが普通なのである。
シリアの身体数か所に掠り傷や打撲跡がある。完全に躱しきれなくて付いた傷。回避行動で受け身が取れず、床に打ち付けた膝がアザになった跡など。
初めての実践という重圧もあってか、思い通りに身のこなしや魔法が使えなくて、やや混乱状態に陥ってしまっている。
「シリアさん、回復します」
息が上がり、その場で動かないシリアを見かねてエミリオは回復魔法を使う。
「はあ・・・はあ・・・ん・・ありがとうエミリオ。助かったわ」
どうしよ・・・ゴブリンなんて余裕だと思っていたけど、想像以上に力強くて素早い。魔法も詠唱する時間も取れない・・・
シリアは焦る、王族の中では魔力保有量が歴代でも上位だと聞かされた。
彼女は第3王女ではあるが兄と姉が2人おり、その兄2人と長女は婚姻し子供がいる。なので、王位継承権は第9位と低い。だから、魔法が人より使えるなら魔術士を志そうと思い、この学院の入学を目指す事にした。
だが、現実は甘くなかった。ゴブリン程度の魔獣に、攻撃1つすら当てられない自分の弱さに打ちひしがれていた。
「私・・・こんなにも無力で弱いんだ。考えが甘かったかな」
かなり弱気になって、戦意喪失しかけて、泣きそうになっていた。
「シリアさん、大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくるエミリオ。
「他のみんなは、私なんかより戦えている。どうして私は特待生になれたのかな? 私、全然ダメだよ・・・」
エミリオの声は届いておらず、自分と周りの特待生との差に絶望を感じたのか、劣等感を抱いていた。
そんな負の感情を滲み出ているシリアだが、ゴブリンにはそんな感情など分かるわけもなく、立ち上がり再び襲い掛かろうとしていた。
「グィアアアア」
「ひぃっ!」
怯えて、身体がいうこと利かない。
「シリアさん、逃げて!」
ラトゥーナはもう一度、障壁を出そうとする。
「身体が動かない・・・」
もう無理・・・
シリアは諦めて、顔を防ぐように両手で覆い目をつむった。
「間に合わない」
ラトゥーナの詠唱が終わらない。
「シリア!!」
突如、何処からか大声が響き渡った。
「グギャ?」
ゴブリンも止まり、声がした方に振り向く。
「・・・・・・誰?」
名前を呼ばれ、声のした方向に目を向ける。
「レン・・・君」
「シリア、目を背けるな! 誰だって最初は怖い。震えて思うようにいかない。俺もそうだった・・・でもな、だからって自分が弱いとか情けないなんて、絶対に思わないでくれ。お前は特待生になれたんだ。素質はある! ただ、経験が足りないだけだ。それに、今は1人じゃない。お前の後ろに頼もしい仲間が2人もいるだろう。1人で無理なら仲間を頼れ。支援と回復がいるなら、いくらでもやりようはある。冷静になれ、考えることを止めるな。魔法を使う時間がないなら、魔法を使う為にはどうするのが最善か考えてみろ。今、お前が諦めたら後ろにいる2人も殺られてしまうんだぞ。攻撃できるのはお前だけだ。ゴブリンを倒せるくらいの力は、すでに備わっている。だから、怯むな! そして、ゴブリン倒したらシリアの好きなスイーツでも食べに行こうぜ!」
「レン君・・・」
私はバカだ。ちょっと壁にぶつかっただけで、諦めかけていた。それにレン君の言う通り、もしこれが本当の戦闘だったら私だけじゃなく、私を懸命に助けてくれる2人も殺されちゃう・・・そんなの絶対ダメ! そんな情けない自分なんて、王女しても人としても失格だわ。
やってやる。私はこれからもっと魔法を使役して、王国に住む人々を守れるくらいの力を身に着けるんだ!
「ありがとう! レン君。目が覚めたよ! 早く終わらせてスイーツ食べに行こう! レン君のおごりでね」
先ほどの暗い表情が、ウソのように明るく華々しい笑顔に変わっていた。
「ああ、その意気だ。頑張れシリア」
よし、そうと決まったら、散々痛めつけてくれたゴブリンを倒す。でも、どうやって倒すか・・・
レン君は、魔法を使う為にはどうするか考えろと言っていた。ようは魔法詠唱する時間を確保しろということよね。
そうか! さっきまでは自分の事だけしか考えていなかったから、思いつかなかった。でも、味方がいるなら時間が稼げる。
「ラトゥーナ!」
「は、はい」
「障壁を暫く持続させることはできる?」
「ええ、可能ですが、あまり長い時間は保てないかもです。せいぜいゴブリンの攻撃4,5回程度でしょうか」
「・・・それなら、何とか間に合いそう。それじゃあ、今から私が魔法詠唱するから、障壁出してもらえるかな」
「分かりました」
魔法詠唱している間、障壁で攻撃をガードできれば、魔法が完成して放つことができる。こんな単純なことも気づかないなんて、ほんと情けない。
ううん、レン君のお陰で気づくことができた。情けないのは今をもって卒業。
「さぁ、行くわよ!」
右手を前に出し左手でそれを支え、魔法を詠唱し始める。シリアに魔力が宿った瞬間、それまで様子を伺っていたゴブリンは、再度シリアに向けて攻撃を繰り出そうとする。
「そうはさせません。カバーシールド!」
障壁が具現化しゴブリンの攻撃を防ぐ。
「グギャ!」
さっきは不意に跳ね返されて反動で倒れたが、今度は倒れなかった。学習したようだ。さらに、攻撃しようとする。
『ガィィィイン』
2度、3度と攻撃を弾く
「くうっ」
しかし、ラトゥーナの障壁は限界に近づいていた。
「天は光、大気は稲妻を、我が力となり、集束せよ」
手元にバリバリと音をたてた、光り輝く球体が具現化される。
「グギャァアア!」
ゴブリンは、棍棒を目いっぱい振りかぶり力いっぱい振り下ろした。
『バリィィン』
障壁が破壊された。
「間に合った! いけぇぇぇ、ライトニングキャノン!」
いいタイミングで障壁が破壊され、放たれた雷光砲はゴブリンに命中した。
「ギィヤァァァァ」
ゴブリンは感電し黒焦げになり、その場で倒れ絶命した。
「・・・・・・終わった」
シリアは力が抜けて、その場に座り込む。
なんとか課題をクリアし安堵したシリアは、心の中でもう一度レンに感謝を伝えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます