第20話 触発寸前


 いきなり背後から殺傷力の高い貫通系統の氷属性魔法を、俺に目がけて放ってきやがった。


 その男は凛の兄らしく、何事もなかったかのように俺を無視して、凛のそばに近づき介抱した。


「リン、大丈夫かい? この男に何をされたんだい?」


「ええ・・・お兄様、大丈夫です。レン・フェイグラムが私に触れて何か魔力のようなものを流してきたのです。その後、急に胸が苦しくなってこの通りです。お兄様が来なければどうなっていたか・・・ありがとうございます」


「なるほどね・・・」

 男は立ち上がり、俺の方に振り向いた。


「僕の大切な妹を殺そうとするなんて・・・君を許すことはできないな」


「なっ!」

 いきなり人殺し扱いするとは、なんて奴だ。


「勝手に殺人者扱いするな。凜を殺すなんてそんな事、俺ができるわけない!」


「なぜ、そんなことが言える? 殺意がない理由を明確にできるのかい? あの時、誰もがあの場面を見れば、君がリンを殺めようとしている様子にしか見えないのでは? だからリンが危ないと感じて、僕は咄嗟に魔法を打ったのだよ」


「・・・・・・」

 どうする・・・本当のことを言っても、きっと信じてもらえない。俺が転生者で凛も転生者って、当事者でない限り頭がおかしい奴にしか思われないだろう。

なら、素直に謝罪するのが最適解かなと感じた。


「本当のことを言っても、あなたには信じてもらえないでしょう。あの時は焦っていたので、少し強引な手段に転じてしまったのは軽率でした。それに、凜があんなに苦しむなんて思ってもみなかった。申し訳ないことをしました。そして、お兄さんにもいらぬ疑いをかけてしまったことも謝罪します」

 俺は、深々と頭を下げた。


「お兄様・・・レン・フェイグラムがしでかしたことは感化されませんが、殺意があったかというとそうでもないような気がします。なので、その辺で許してみてはいかがでしょうか? 私はもう大丈夫です」


 凜が俺をかばってくれた・・・今はそれだけで嬉しい。


「・・・リンがそういうなら、僕はもう何も言わないよ。ただし、レン・フェイグラム! 僕は君の事、完全に許したわけじゃない。今後リンに関わり合わないでもらいたい」

 なんとなく、そういうこと言うと思ったよ。俺も兄だからな。立場を逆転させると、俺もきっと同じこと言うだろう。だが・・・


「残念ながら、俺にも事情がありましてね。はい、そうしますとは言えません。でも、二度と凛を苦しめるようなことはしないと誓います!」

 兄の名に懸けて! 声に出して言えないから心の中で叫ぶ。


「・・・・・・」

 何か言いたげな顔をしつつも、無言で体を反転させ屋上の扉に向かって歩いていく。


「あの・・・名前教えてもらえますか?」

「・・・ジャストール・レイシアだ」

「ありがとうございます」


 ジャストールが扉のノブを掴み立ち止まり、こちらに振り返る。

「次・・・リンを苦しめるようなことをすれば、覚悟しておくことだね」

 そう言い放って、屋上を後にした。


「・・・・・・ふう」

 疲れた・・・最悪、あの兄と戦うことになっていたかもしれない。そう感じていただけに、緊張がほどけた瞬間俺は力が抜け、ただ透き通るような青空を見上げていた。


「レン・フェイグラム」

 不意に呼ばれて焦る・・・凛がまだここにいたことを完全に失念していた。慌てつつも、さっきの事を本人に直接謝罪していないことを思い出し、謝ることにした。


「その・・・凜、さっきはすまなかった。あんなことになるとは思ってなかったとはいえ、お前を苦しめたことは事実だ。本当に申し訳なかった」

 深く・・・深く頭を下げた。

「もういいです。故意でないことは理解しています。ですが、何度も言いますが名前で呼ばないでください! イラっとします」

 なんで、名前呼んだだけでそんなにイライラするの? どうしようかと考える。


「なら、お前も俺の事をいちいちフルネームで呼ぶのやめてくれない?」

「無理!」

「なんで!」

「レン・フェイグラムはレン・フェイグラムです。それ以上もそれ以下もありません」

「じゃあ、お兄様と呼んでくれてもいいぞ」

「は? なぜ、あなたごときを兄と呼ばなくてはいけないのですか。寒気がします」

 なんだか汚物を見るような眼をして、本当に身震いしている。結構ショックでかいなこれ。


「俺がお前の兄だからだ! 前世のな」

「はあ? またそのような戯けたことを・・・もういいです、あなたには付き合っていられません。もう二度と話しかけないでください」

「そうは言っても、同じクラスになるからな。話しかけるなといっても無理だと思うぞ」

「・・・・・・はぁぁ」

 すっごい溜息出た! 相当嫌われているな。前途多難だなこれは・・・どうしたものか。


「レン・フェイグラム!」

「なんだ? 凛」

「・・・・・・」

 無言の圧をかけてくる。


「あなたさっき、もう二度と私を苦しめないと言い切りましたよね」

「ああ」

「今、苦しんでいますが、私」

「はい? えぇ・・・なんで?」

「名前で呼ぶ、話しかけてくる、視界に入る・・・etc.」

 まてまて、最後のは酷くない? 存在自体拒否られてる。ほんと泣くぞ・・・


「おいおい、俺にどうしろと・・・」

「転校してくれますか?」

「入学早々、転校ってアホすぎるだろ! これでも、学院長のお墨付きなんだぞ」

「へぇぇ、あなた強いのですか。見た目はそうでもないのに」

 うるさいよ!


「まぁ、赤服ですしね。弱いわけないですね。でも、所詮は人族。妖魔族の頂点である私とは雲泥の差でしょう。実技で叩きのめしてやります。せいぜい身の程知るといいでしょう」

「ああ・・・そうですか、お手柔らかに」

 でも実際、凛も転生者だから、何かチート能力があるかもしれないな。ただでさえ、現世の時も禍々しいオーラ出してたからなあ・・・


「フン」

 扉の方に振り向き、小刻みに歩いていく・・・・が急に立ち止まり、俺の方に振り返り指をさしてきた。


「いいですか。くれぐれも私の視界に入らないようにしてください!」

 そう言い放って、扉を力強く開け去っていった。


「さっき、実技で俺と戦うような事、言ってたやん。めっちゃ視界に入るやん」

 基本賢いけど、時たまアホなこと言うのは昔と変わっていないなと、何処か安心して僅かながら微笑んでいた。

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