第2話メメント・モリ
挫けそうな自分に逃げるんだ。と言い聞かせていると、死を告げる声が聞こえた。
「やべえぞ! モンスターの群れだ!! 逃げろ!!!」
狂ったように叫ぶ男の怒声。
それはスタンピードを引き連れた探索者達の先頭が自分の直ぐそばまで到着したことを示していた。
「――――ひっ!!」
思わず悲鳴を上げそうになるが、惨めったらしく死にたくない。
這うような姿勢で不格好ながらも走り出す。腰が抜けかけているのか上手く力が入らない。
「――――!!」
何十、何百というモンスターの唸り声が聞こえ思わず背後を振り返る。
そこに居たのは、ヒトコブイノシシ、アーマーウルフ、アーマーベア、ニードルラビット、ダンジョンバット、ゴブリン等々、この上層エリアのモンスター達が
逃げている探索者も、パーティーを組んでいると思われる連中や明らかなソロと思われる人まで様々だが、皆一様に応戦することはない。
『立ち止まれば死ぬ』と、理解しているからだ。
元々あまり体力がある方ではないのでどんどんと追い抜かされていく……
「きゃっ! 痛った!」
小さな悲鳴に振り返ると、一人の女性探索者が転んでいた。
慌てて段差に躓き、盛大にコケてしまったようだ。
しかしパーティーメンバーと思しき人達は、そんな彼女を助け起こそうとする素振りも見せず、周囲の探索者も我先にと逃げていく……
卑怯者だ。彼女が頭を上げこちら見上げ「助けて」と言われてしまわないように、大声を上げただ我武者羅に走っているのだから……
すると目端から刀を装備した背の高い一人の男が消えた。
「――――君を助ける!」
嗚呼、なんと自分は愚かなのだろうか? 生き残るために助けを乞う女を見捨て自分だけは醜くも助かろうとするこの哀れさを……
嗚呼、彼のなんと勇敢な事だろう? 人として生き高潔に死ぬことが出来るなんとも羨ましいことだろう……
感傷に浸るが脚はとめない、とまらない。
脚をもし、脚をとめてしまえば彼女を見殺しにして生き残ることを選んだのに、その判断を無駄にするからだ。
だが、握り拳ほどの大きさの石に躓いてコケてしまう。
「痛ってぇ~」
岩に打ち付けた手や足を癖で抑える。
「随分と心の中では百面相のようにころころと考えているようだの? だからコケるんだ」
気が付くと茶色い外套を深く被った人物が近くにいた。
フードを深く被っているため顔は良く見えない。
「表情分かり易い?」
「すまん。心を読んだ……」
女性の声はとても申し訳なさそうなものだった。
(心を、読んだ? そういう《魔法》があるのだろうか?)
「察しの通り魔法の類だ。上手くコントロールできていないんだ……おっと無駄話はここまでのようだ」
彼女の言葉を聞いて周囲を見渡す。
様々なモンスター達が自分達を取り囲んでいた。
「――――ッ!」
咄嗟に
「無駄だ。今のお前ではこ奴らを何匹か殺すことしかできんよ」
「じゃぁなんだ? 抵抗するのは無駄だから大人しく死ねっていうのか?」
「……」
「無駄だと分かっていても! 藻掻いちゃいけないって言うのかよ!!」
「少女から逃げ、現実から逃げた君には、私という悪魔と運命を共にする勇気はあるかな?」
挑発するような口調で言葉を紡ぐと、少女は俺に向けて手を伸ばす。
勇気があるなら手を取れという事らしい。
少女の手を取った。
「契約成立だ。この場面をひっくり返す“力”を与えてやろう……」
嬉しそうな声音で少女はそう言うと、首筋に牙を突き立てた。
刹那。
鋭い痛みを首元に感じ、全身がスッと冷えるような感覚に襲われたかと思えば今度は、逆に茹で上がるような熱と気怠さをひしひしと感じる。
(喉が渇く、腹も空いた……)
すべてが満たされない。渇きのようなものを感じる。
「寒いか? 熱いか? 痛いか? 渇くか? だがその苦しみの中に快楽を見いだせ……その感覚はお前を生まれ変わられる通過儀礼のようなものだ」
(こんな通過儀礼あってたまるか!)
内心、毒付くものの苦しさが慰められることはない。
「さぁ戦いなさい。死を告げる帝王として……」
顔の表面には、骸骨を模した目鼻を覆う乳白色の仮面が現れ、服装は、トレンチコートとライダースーツを混ぜたような洋装に変化し首元には赤いマフラーが巻かれている。
その姿はドラキュラにも、軍人の亡霊にも、不良の走り屋にも見える。
「随分と面白い見た目なのね。さぁ歌いなさい死を告げる歌を!」
(分かる! この力の使い方が!! 今なら簡単にこんなやつらを殺せる!)
影が蠢ぎ刃と化す。
刹那。
周囲数メートルのモンスターは物言わぬ肉の塊と化す。
「畏怖せよ!」
その一言で辛うじて息のあったモンスターも沈黙する。
「『太陽の紋章を掲げ死を告げる一団あり、それは総統の命である。しかし一団でさえもワイルドハントの先触れに過ぎず。死を告げる一団は神や英雄、悪魔や精霊による猛々しい狩の軍団の力の一遍なり、死は王や教皇であれど平等に与えられる。我は願うこの場に満ちる魔の命を刈り取れ――――
黒いエアロゾル状の靄がフワリと広がり音を立てる事なく、モンスターがバタバタと倒れる。
「おめでとう。君はニンゲンを辞めその上位に君臨するモノ私の乏しい語彙で言えば人間を超えた人間んになったということよ」
彼女の言葉を聞き届けた後、意識を手放した。
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