第146話JSUSA本部3


「高位の探索者による逆進攻の可能性、これが抑止力となる。

ダンジョンでの戦闘により位階レベルが得られる、これは我々の世界の秘術によるものだ。

生物の魔力を己が糧とし、心身を強化する広域魔法によるものだ」


「広域魔法ですか」


 広域の《魔法》と言う事は誰かが常に《魔法》を発動しているという事なのだろうか? もしそうであれば長くは続かない。もしかして異世界に逆進行を仕掛けるタイムリミットは俺の予想よりも短いのか?


 俺の思案する顔を見てナダルさんは説明を始める。


「《魔法》と言っても俗人的なものではないさ、魔法を発動させているのはとある道具さ……異世界からの移民そのなかでも叡智英明に優れる我らが至宝【円環の坩堝るつぼ】。

アメリカ、ロシア、中国、日本、イギリス、フランス、イタリア、ブラジル、オーストラリアなどにこの至宝の模造複製品レプリカが存在し、大量の魔石を燃料として稼働させ《スキル》や《魔法》《ステータス》と言った恩恵を授けている」


「でもそれだと、どうやって個人を特定して還元しているんですか?」


「探索者になるために試験を受けただろ? アレは【円環の坩堝るつぼ】と契約するための儀式だ。本物はごく少量のエネルギーで動くのだが、国家間の軍事力をひっくり返す恐れがあるので使用していない」


「つまりダンジョンで強化した探索者を異世界に送り込み、講和のテーブルに付かせる。それが目的なんですね」


「その通り、異世界へ渡る船の用意は着々と進行している。

これはこの世界の命運をかけた聖戦だ……」


「……その聖戦の鍵となるのは優秀な探索者だ。

君も強力してくれないだろうか?」


「どうしてそんな大事なことを俺に?」


「君は既に特殊個体……この世界でいう生物兵器に遭遇していると聞いている」


 俺には心当たりがあった。


「生物兵器……オークの!!」


「ああ、あれは【オルクス】と呼ばれる生物兵器だ」


「生物兵器……」


 まるで赤子の様に言われたままの言葉を反芻した。


「君は違和感を持たなかったかい? ヒト型のモンスターと獣型のモンスターの血の色が異なる事に……」


「――――ッ!!」


 そう言われ、初めて強い疑問を持った。

 どうして同じモンスターなのに血の色が異なるのか?

虫とそれ以外の動物程度の差異だと思っていたのだが、ナダルさんの口ぶりからするとその認識は誤りのようだ。


「オークやゴブリンは異世界人我々が作り出した眷属、奴隷、労働力、奉仕種族……人工種族、ホムンクルスとでもいう存在だ。それ故に血の色が異なる。

奴らのエサ、兵たちの食料として存在するのが君たちも食している動物型モンスターと言う訳だ。

真実など実につまらないものだろう?」


 事もなげに話すその様子は、ハリウッド映画で事件の原因となるマッドサイエンティストのようだ。


「確かにつまらない理由ですね……」


「そうだろう、そうだろう。

君は他の日本人に比べ理解が早くて助かるよ……他のニンゲンは、ヒト型モンスターと『知性があるなら話し合いで解決しよう』とか『酒を酌み交わせば分かり合える』とか夢想家共は言う……」


 拳を握りしめると強い口調でこう言った。


「……これは犬や海豚、鯨、馬は賢いから、可愛そうだから食べない? 贅沢以外の何物でもないね……この世界にたどり着くまでの長い間ロクな食糧がない時も少なくなかった。

物質的に豊な人の我儘以外何物でもない。

そう言う愚か者は、弱肉強食が世界の根幹にある事を忘れているんじゃないだろうか? 

近年植物も悲鳴を上げていると言う研究結果もあるとうのに……」


 ナダルさんの口ぶりからすると、政府高官や高位の探索者にも動物愛護家や、環境活動を名目にしたテロリスト的な思考の持ち主が多いのだろう。


「だが話し合うのも、ヒト型モンスターに権利を与えるのも、全ては戦争に勝ってからだ」


 確かにその通りかもしれない。


「ナダルさん、あなたの考えは理解できました。

世界を救う聖戦とかはまだ実感が湧いていない部分も多くて、今一ピンと来ていませんが俺は協力します。

借金もありますし……俺は全力で稼ぐだけです」


「結構。君の目的は果されたと聞いてね。

少し焦っていたんだよ。選ばれた・・・・君はどういう選択をするのかってね……」


「選ばれた?」


「忘れてくれ……今はまだ語るべき時ではない。

ダンジョンに潜り、命を奪い剣を振り給へ幾千、幾万のかばねの上に立つ君を、後世の人間はこう評価するだろう『人類の英雄』、『救世ぐぜの主』、『ヒーロー』とね。私自身も君に期待しているんだよ……」


「そろそろお時間が……」


 秘書がまだ聞きたいことがあるというのに歓談を遮る。


「すまないね。お詫びと言う訳ではないけど、君の所有するダンジョンの工事は24時間体制で急がせている。

中々、有用なダンジョンみたいだからね」


 そういうと秘書が間に入って退室を促した。


………

……


 二人だけになった部屋。

 秘書はナダルを窘めるようにこう言った。


「お喋りが過ぎますよ……」


本物の壺・・・・に選ばれた数少ない人物だ。壺の管理者である私が直に見定めたいと思ったら話がはずんじゃってね」


「……」


「そんな目をしないでくれよ……悪気はなかったんだ。

ただ彼気が付いてるんじゃないかな? 昔、昔この世界と異世界で人の往来があってその記録が神話や民話として残っているということに……」


「ナダルさん!」


「だってさ、エルフにドワーフ、ゴブリンにコボルト……伝承にしっかり残っちゃってるし……他人の空似、集合的無意識じゃ無理あると思うんだけど……」


「では他のエルフやドワーフの技術顧問の方々とお話下さい」


「嫌だよ。だって奴らの多くは安らかな絶滅を望んでるんだもん……」


「……」


「さてこれからどう転んでいくのか楽しみだよ……天下の四道将軍しどうしょうぐんも一枚岩では無いだろうしね」


 そう言った彼の端正な顔立ちは醜く歪んでいた。



ーーーーーーーーーーー

 【壺】のモチーフは言わずもがな【パンドラの箱】です。原天では箱ではなく壺だったそうなので……あとは【クラインの壺】や【壺中天こちゅうてん】ですかね。


 絶望の中に希望があるって奴です。モンスターと言う絶望から資源と言う物質的なモノを持ち帰るイメージ。

 24hでモンスターが消える云々も敵と壷が死体を魔力に変換しながら、綱引きを行っていると言う設定があります。

 探索者の経験値(魔力)も副製品の壷がロスを起こしているので変換効率は悪いです。

まぁ本来の壷と契約するのは部族の戦士(勇者)ですから、ロスは少ないんですが副製品は振り分ける対象が多いので仕方ないね……

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