第148話俺の妹がこんなに……2

 汚い本心をさらけ出したいのに、まだ兄と言う刷り込まれた役割ロールが邪魔をする。



「……長距離の旅行には行けない。入院費が掛かるから私立の高校、大学はできれば辞めてくれって親父には言われたよ。『あの子は何年生きられるか分からないから、生きている間だけは何不自由ない生活をさせてあげたい』ってね……巫山戯ふざけるなっ!! お兄ちゃんだから、少し早く生まれただけで我慢がまんを強いられる。クラスメイトには俺まで可哀想なモノを見る目で見られる……心底うんざりりていた……」


「……」



 嗚呼、俺の心はこんなにも醜かったのか。

 汚泥が沈殿しある程度濁りが収まった河や沼、少し攫ってやれば茶色く濁ってしまう、そんな感じ。



「……でも、こうやって隠したかった。おぞましい内心を吐露とろしても、俺はどうしようもなくお前のお兄ちゃんなんだって自覚できた。お前が俺より楽だった。なんて言わない……死にたいことも苦しい事も色々あったと思う理解できるなんて言わない。共感できるなんて言わない。ただその感情をみ取ろうとすることだけは許してくれ……」



 献身けんしん的な兄と言う。求められてきた役割ロールを捨てようとしたのに、長年演じて来た仮面ペルソナすでに俺の有り方の一つとなっているのか、ふとした表紙に所々表出する。



「私にとっても、お兄ちゃんにとってもこの数年は地獄だった。私にとっては大体半分、お兄ちゃんにとっては抱いたい三分の一……長く生きた人間ヒトにとって大した時間ではないのかもしれないけれど、私たちにとっては長い長い不幸の日々だった。幸福に生きたいという、ある種の根源的な渇望かつぼうだけで私は今まで生きて来た。死を身近に感じ死を正面から見据えた事で私は哲学、宗教なんかの本を漁って幸福とはなんだろう? と夢想したの……」


「哲学が扱うべき範囲は言語を用いて扱える問題に限り、それより上の問題は芸術などの他の分野で解決する……ヴィトゲンシュタインのいう『幸福』か……」



「音楽や絵画、芸能なんかの芸事で食べていける人は少ないけれど彼ら彼女らが皆不幸か? と言えばそうではないと私は思っている……死んでから評価され芸術家として名を上げる人物がいるように、生物的には死を迎えるけど彼ら彼女らは人類史の中で生き続ける。物質的な豊かさや幸福ではない。精神的な豊かさと幸福さ……お兄ちゃん私はそんな世界で生きたいの……」


「二人を分かっていた時間や距離を一緒に暮らして埋めよう。歪な溝を……埋める努力を一緒にしよう」


「私達だけじゃだめよ。家族みんなでするの……絶対の真理を超えたその先……自分たちが思い描く正解を求めて……」


「なんだか【法の書】の一文『汝の欲する所を為せそれが汝の法とならん』見たいなことを言うんだな」


「お兄ちゃん繰り返すようだけど、幸福って相対的なものじゃなくて絶対的なものなのよ?」



 どこぞの声優ラジオのクレイジーリスナー見たいなこと言うんだな。



「だったら、あの辛い日々を思いでとして語れるようになりたい。退院したら何をしたい?」


「遊園地に行って水族館にいって動物園に行って……学校に行ってショッピングに行って、友達と遊んで……そんな普通の生活を送りたい」


「絶対やろう。応援する。けど先ずはリハビリからだな……」



 俺達兄弟は涙を流し嗚咽交じりの会話を繰り広げる。

 本の虫である妹との会話はテレビでは、カットが多くなるだろうな…… 



「コータロー、リハビリの時間を短縮出来るわよ? 通常の怪我に効く回復薬ポーションを使えば筋力の回復も早まるわよ」



 師匠の一言で桃華は涙と鼻水に塗れた顔を上げ、向日葵ヒマワリのような笑顔を浮かべる。



「「本当ですか!?」師匠!!」



 師匠は困惑した表情を一瞬、浮かべるがテレビに取られていることを思い出したのか表情を余所行きように戻す。



「本当よ。野球やサッカー、バスケなんかの海外プレイヤーが手術後復帰が早いのはダンジョン産の医薬品を上手く使っているからね。ダンジョン産の医薬品は保険適用外がおおいもの」


「師匠、お金を払うので譲ってもらえませんか?」


「私とコータローの仲じゃない。頼まれなくても融通してあげるわよ……そのかわり私のお願いを聞いてくれるかしら?」


「俺に出来る限りなら……」


「そう言ってくれてうれしいわ……」


アレ? 条件をストレートで受け過ぎたか? でも妹のためならこれぐらい!!



 一瞬の後悔が光太郎を襲うが、即座に頭を振って師匠を疑った邪念を振り払う。



「初めまして、私はコータローの師匠で探索者の立花銀雪よ。それでこっちは……」


「初めまして、お兄さんとパーティーを組ませてもらっている。中原巴です。中原中也の中原に、巴御前の巴です」


「兄が……私がご迷惑をおかけしました」



 兄がお世話になっております。とでもいおうとしたのだろうが途中で自分が迷惑をかけたと思ったのか言葉を訂正する。



「そういう時年下は畏まる必要はないの。ありがとうって言った方が言われた側も嬉しいし変に気を使わないで済むしね」


「これからも兄をよろしくお願いいたします」 

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