第3話裏庭にダンジョンが出来たら一億円の借金を背負う事になりました


 「な、なんじゃこりゃぁぁあああああ!!」



 7月15日、夏休み初日早朝。

加藤光太郎はそんな大きな叫び声で目が覚めた。

 

 自宅から車で小一時間の場所にあるここ、豊川市は愛知県のやや外れに位置する。同県の政令指定都市『名古屋』文化圏からは微妙に離れ、なんなら隣県の静岡県『浜松市』の方がアクセスが良い。

そんな豊川でも山側の、田畑に囲まれた父方の祖父母の家に来ていた。



「丹精込めて作ったワシの畑が! ワシのキュウリがあああぁぁ!」 



 与えられている部屋の窓を開け、家庭菜園のある庭の方を向く。

そこに居たのは家に背を向け、膝から崩れ落ちるようにして地面にへたり込んだ祖父の姿だった。

爺ちゃんは仕事を引退してから、趣味と呼ぶには本格的な規模で家庭菜園をしている。当然そのショックは押して計るべきだ。



「どしたの? 爺ちゃん? またカラスにでも食われた?」



 俺はまだ眠い眼ををゴシゴシと擦り、目ヤニを取り除く。

 昨日は夜遅くまでゲームをしてためか眼精疲労が凄い。



「阿呆! 地面に大穴が開いておるだろう!」



 祖父の持っているクワが差し示したのは、直径3メートルほどの大穴と言って差し支えないものだった。


 穴と言うよりは亀裂と言った方が正しいような気がする。



「あーほんとうだ、確かに大穴開いてるね……ここって軟弱地盤って訳じゃないでしょ? もしかして気が付かない間に地震でもあった?」


「早朝に震度五の揺れはあったのに……まさか、お前気付かなかったのか?」



 祖父は呆れ顔でそう言うと、首に巻いた手拭いで額の汗を拭った。

 さんさんと太陽が照り付ける前ではあるが、既に動けが汗が滲むほど暑い

 窓から乗り出した身を少し引っ込めると、エアコンの効いた冷涼な室内に癒される。



「あはははは。『でもFPSがやめられない』なんて言ってみたりして……」



 気まずさを誤魔化すために冗談を言ってみたものの、友人がロクに居ない俺にはどうやらお笑いのセンスは無いようだ。



「ゲームに夢中で気が付かなかっただと、バカ者!危機感がなさすぎる!年数回大災害に襲われる昨今、果てはダンジョンとかいう原因不明の物まで出て来るようになった。

何が起こってもいいように枕元には、防災鞄とスニーカー、首には笛をかけて置けとあれほど言っているだろうに……」



 全く戦中ギリギリに生まれた人は心配性だな……



「まぁ良い、ワシは役場に連絡するから今日はどこにもいくなよ?」



 有無を言わさぬ気迫があった。



「念押しされなくても、出掛ける当てなんて初めからないよ……」



 俺はポリポリと頭を掻いた。


 友達のいないぼっち高校生の俺の行く先なんて、本屋か地元オタクショップぐらい、後は妹が入院している病院しかない。



「そうじゃったな。ワシと違って光太郎は、友達も居ないからな」



 祖父は憐れむような視線を向けてそう言った。



「クソじじいめ……」



 呪詛を込めて罵るが、祖父は何でもないと言いたげな表情を浮かべる。



「何とでも言うがいい。ワシは周囲の作物を収穫しておく……もしかしたらこの穴はかもしれんからな」



 国産スマートフォンで役所に電話をかけた。


 暫く待つと、少し古臭い国産車が家の前に停車し、スーツ姿の女性が下りてくるのが見える。

 俺は一階に折りて玄関を開けた。



「豊川市のダンジョン課から参りました、鳥山とりやまと申します。」



 鳥山と名乗った職員は、高校生の自分には酷く大人っぽく見えた。

 時期のためかクールビズ仕様ではあったものの、働いている女性特有の色っぽさを感じる。



「と、取りあえず中へどうぞ……」



 俺はそう言って居間に案内し、用意しておいた麦茶を出す。

不登校気味になってから床屋に行っていないので、俺の髪は寝癖が付いたままのボサボサで、来ている服も数年前のヨレたTシャツにちょっとだけ後悔を覚えた。



「ありがとうございます。

 見たところ随分と若いみたいだけど……礼儀ただしいのね」


「あはは、ありがとうございます。

 祖父を呼んできますので少々お待ちください」


「分かりました」



 農作業中の祖父を捕まえて玄関まで連行する。



「祖父を呼んできましたけど……どうしますか?」


「では、現場を見せてください」



 俺の呼びかけに対して鳥山さんはそう答えると、家の裏手へ回り、家庭菜園に出来た”大穴”を見る事になった。



「では念のため調べますので、少々お待ちください」



 スマホサイズの機器を使い穴の周りを調べる。

 まるで放射線の線量計みたいだ。



「間違いありません。特殊地下構造体……ダンジョンです」



 鳥山さんも穴を見て多分そうなんだろうな? と感じていたのだろう……驚いている様子はない。



「やはりダンジョンですか……」



 薄々そうだろうと思っていたので特別驚くことは無い。



「手続きの書類などお持ちしておりますので、ご説明させてください」


「外では暑いですし、中で聞かせてください」



 冬には炬燵こたつとなる座卓を挟み、鳥山さんは俺と祖父に対面し、一枚の書類を提示した。



「ダンジョンは発生初期こそ“避難”と言う形で、周囲の土地建物を国が買い取り、住民には立ち退いて頂く事で厳重に管理していましたが、現在では違います。

 国がダンジョンを間借りし、その収益の30%を賃料とは別にお支払いする賃貸契約です。

ダンジョンに一般人が入れなくするように工事する必要があるので、初期費用こそかかりますが、先ず儲かります」



 その言葉と共に示された幾つかの書類には、とあるダンジョンの利益が示されていた。

 確かにこれを見る限りだとかなり儲かりそうだ。



「いくらかかりますか?」



 口を開いたのは祖父だった。

 金にがめついと言う訳ではないものの、妹の入院費が馬鹿にならないぐらいかかる現状、この問いは当然のことである。



「国……ダンジョン庁がオススメしている規模だと建物だけで……約1億円程ですね。

 五階建て程の大きさのビルを建ててダンジョンと、ロッカー、シャワー室を全て中に入れる構造になりますので……お爺様が管理されている立派な家庭菜園は無くなります。最低限度でも5000万円。両方とも国・県・市の助成金込みでのお話ですから……これ以上は安くはなりません」


「「……」」



 俺と祖父は宝くじが当たった! ぐらいの気持ちでいたのに『金』と言う負担が再び襲ってくる。



「ですが、市が費用の貸付をおこないましょう。無論利子はありますが……銀行や会社から借りるよりは全然低金利です。

豊川市としましては、安定した財源となるダンジョンに出資したいと言う訳です。

ダンジョンの種類によっては実入りにも差はありあますが、私としては、ダンジョンのオーナーになる事をおすすめします」



 鳥山さんの話しは市の計画でもあるようで、沿線にリニア新幹線があり新幹線が止まる豊橋市から、探索者を誘致しようと言う魂胆のようだ。

 まぁ豊橋にも、通称駅前ダンジョンがある事を考えれば、混雑解消にもつながっていい事ずくめと言ったとこか。


 鳥山さんの話を聞いて爺ちゃんんは声を上げた。



「光太郎……お前は絶対にダンジョンにはいるな!」


「はぁ!? ダンジョンにももかの薬があるって言うのに、指を咥えて見て居ろって言うのかよ!」



 俺は驚きの余り大きな声を出す。



「だがこの資料を見る限り、中層エリアより先に進まねばならんと書いてある。いくら孫娘をたすけるためとは言え、そのために孫を死地に送り出せる通りはない」


「うちにはお金も時間もないから、俺が取りに行くんだ!! 

 成績も落とさない、だから俺に探索者をさせてくれ!」



 俺は魂の限り吼えた。



「勝手にしろ! 生前贈与として土地の名義もお前にしてやろう……ダンジョンなんてもの相続税が怖くて仕方がない。

正式にダンジョン認定される前に、名義換えれば税金も安くなるだろう」


「爺ちゃん……」


「その代わりと言っては何だが、一億円の借金もお前が背負え。

それが責任というもんだ、これで怖気づくならダンジョンに入るな。

なーに光太郎が入らなくても、このデータ通りなら、10年もありゃ借金は返せるじゃろうて。」


「俺の願いはももかを元気にする事……それを叶える薬が眠る場所が手の届く所に出来たんだ、爺ちゃんありがとう、心配させてごめん……俺は行くよ! 今まで見舞いに行っても何も出来ずモヤモヤしてたんだ。

ダンジョンに潜る。ダンジョンに潜って、探索者に俺はなる!」


「そうかなら……ももかの事は心配するな、ワシが責任を持って面倒を見る。

探索者になるというなら、餞別として150万を無利子で貸してやる、これで装備を整えるといい。お前はお前が信じる道を進め!」



 こうして俺、加藤光太郎は高校一年の夏に一億円の借金を背負い、探索者に成る事が決まった。

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