第48話ダンジョン七日目3

※暫定の1話として書いたものをリメイクした為、表現がくどく説明的なこと、ご了承下さい。 



 ダンジョンに潜り始めて一週間と少し、俺は過去一番の危機に瀕している。


 號っ!

 岩肌剥き出しの隧道ずいどう内にモンスターの咆哮ほうこうが轟いた。

 反響する咆哮が鼓膜を超え、直に脳をシェイクする揺らされた

物理を伴うと錯覚するほどの音圧に、堪らず両手で耳を塞ぐと、手から零れ落ち脚に当る得物の感触が、より一層の焦燥感を煽る。

何が起こった、どうなった、このままじゃマズい、殺される!



   「ガアアアアアアアアアアアァァ!!」


 《スキル》を用いたモンスター咆哮ハウルは、精神すら委縮させ疲弊させる。


 だがここで挫ける訳ににはいかない! と奮起の意思を心で強く保ち、目の前に居るモンスターをじっと見据え、睨みつける。

 肩パッドのような肩に覆われよく発達した丸太のようなゴツゴツとした腕、胸から胸元から腹部にかけての筋肉は、板チョコのような見事な段差を形成しており、綺麗な逆三角形の上半身はボディビルダーよりも大きく、脚もゴリラの腕ように発達している。


     まさに怪物モンスター


 ほぼ無意識に取り落とした刀を拾い上げ、晴眼に構える。

焦燥していてもこの一週間、一緒にいた相棒の存在は俺のよりどころだ続けて来た刀の握り方は忘れてはいない

 右足を前に出し左足を少し後方に下げ、柄を握る指は小指、薬指、中指の下三本で右手よりも柄頭側を持つ左手の方を強めに握り、小烏丸造の切っ先を相対するモンスターの眼前に向ける。


 武者震いなのか四肢が、ががながなと震える。

ぶるぶると震える唇を迷いなく前歯で噛み切り、痛みによって思考をハッキリとさせる。

 

 モンスターとの距離は10メートル程度たったこれだけしか逃げれなかった

 鬼の形相をした名称不明のヒト型モンスターの体長は2m強。

 恐らく腕の長さは身長183センチ俺の1.5倍程度と考えれば、相手の間合いは剣を含めて3メートル弱。対するこちらは約1.5メートル。

 そう考えれば5メートルほどの距離なんて、三歩踏み込んでしまえば、一足一刀の間合い――――一歩踏み込めば打突ができ、一歩退けば打突を避けられる距離――――に持ち込めるが、得物の長さが長い相手は“二歩”ですむ。気を抜けば一瞬の内に距離を詰められ、肉厚な剣で一刀の元に切り伏せられてしまうだろう。


「『南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつ』」


 モンスターを倒す事で手に入る:加護とでも言うべき『ステータス』に刻まれし短文呪文を詠唱、《魔法》【皇武神の加護ディバイン・ブレス】を発動さる。

 すると刀身は、雷のような金色に輝く輝剣きけんとなる。


 光り輝く剣の周囲には、火の粉……否、ホタルのような小さな光の粒が明滅している。

 それは夜空に舞う粉雪、あるいは月明りに照らされた桜吹雪、水面に映る月とでも言いたくなるような美しい情景じょうけいだった。


 《魔法》によって強化された刀身を見るだけで、心の奥底からメラメラと眼前の恐怖に立ち向かわんとする勇気と一筋の希望が漲って来る。

 

 刹那。


 天に影が出来た。それは言葉通りの影ではない。ダンジョンの壁や通路、天上に生えた光源になる鉱石や植物を遮るモノが出て来たという事だ。


 その正体を悟った時にはもう遅かった。


 あっと言う間に接近したモンスターは、袈裟斬りに振り下ろした。

それはまるで、天から落ち瀑布となって押し寄せる白刃、断頭台の刃のようである。


 俺は咄嗟に晴眼に構えた剣を右肩の上で90度回転させ、刃筋を寝かせて相手の凶刃を受け流す。


 なんて重い一撃なんだ!! 少しでも気を抜けば腕が、体が持っていかれそうだ。


ギィィィイイイイイイイ!!


 ―――――と言う不快な音を立てて大剣と刀が擦れる事で、パチパチと閃光花火のように火花が生じ辺りに飛び散る。

 だが火花が頬や体に当たる熱さなどは今はどうでもいい。


ドン!


 渾身の一撃を被ったゴツゴツとした岩肌の地面は砕かれ、破砕された飛沫の小石が雨のようにパラパラと落ちる音がする。

 飛石が頬に命中し薄皮を裂いた。


 二ノ太刀要らずの剛剣と称すべき斬撃を防いだ刀は、雷の如き輝きをやや陰らせていた。


 不味いな……《魔法》【皇武神の加護ディバイン・ブレス】は、雑に言えば攻撃力の強化と付与した武器の性質…… (例えば刀の場合折れず、曲がらず、良く斬れる)が強化される。恐らく『折れず』『曲がらず』の性質がなければ刀事俺の右肩は一刀両断されていた事だろう体についてなかっただろう


 右腕ききうでが痺れ、棒のようだ。斬撃防いだ時無理したせいで、肩にも鈍痛が走る。

痛い! 痛いのだが声が出せない。


 と言うべきか俺は回復魔法の類は取得していない。

 だがな事に回復薬ポーションは準備してある。


 飲むチャンスさえあればリカバリ可能だが、肝心なその隙がないのだ。

 ソロ冒険者の弊害と言うべきだろう。


『呼吸は規則正ししリズムですると、痛みも苦しさも隙も減るからゆっくりと整えて』と言う教えを思い出し、痛む中ででも何とか呼吸を保つ。


 今までだって俺を阻む障碍を乗り越える事が出来たんだ。

今回だって乗り切れるはずだ。と根拠薄弱な自信を持って敵を見据える。


 無傷なモンスターと、右腕を負傷した俺。

 目の周囲の筋肉がピクピクと痙攣する。

 俺はただの一太刀すら浴びせていないのに、モンスターから貰ったダメージは大きくコレを覆すのは正直にいて難しい。


 次元レベルが違う……


 命の危険を感じる事は今までの冒険の中でも幾度もあった。

だが今回は違う。逆立ちしても勝てるビジョンが見えない。

 例えあと一つ《魔法》があっても、例えあと一つ《スキル》があっても……恐らくそれは覆らない。それほどまでに開いた絶望的な差。


 コレが本当の闘い。

 命のやり取り、生きるか死ぬかの二者択一を迫られる絶望的な瞬間。

勝てないと分かっていても挑む、その姿を見て馬鹿にする奴も居るだろう。蛮勇だ。愚か者だと。

……だが眼前の絶望と恐怖の象徴から尻尾を巻いて逃げてしまえば、その先にあるのは『死』のみである。

 よしんば逃げ、生き延びたとしても、妹を治す薬を手に入れるという目標が、達成出来る事は未来永劫無いだろう。

ならば1パーセント未満の可能性に賭けて命を賭ける。

 だって俺は幸運だからな……

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