第34話ダンジョン六日目2トレイン

 さぁジビエ、きっちり切り取ってやんよ!


 先ず手足の関節に刃を入れて、筋や軟骨を断ち圧し折り切り落とす。

そうしたら肛門部分にナイフの刃を入れて断つ。

野生動物なら、ポロポロとした丸い糞がある。

モンスターのは少ないがあった、取り除いておく必要があるな。

 そこまで終わったら適宜てきぎ解体ナイフで筋を断ち、手を使って皮を引き剥がすようにベリベリと力を込めて向いていく――――

 皮と肉に分離させるだけでも約15分かかる。そこまで終わったらダンジョンの壁に肉をかけて血を抜く。


「兎の肉も楽しみだ」


  どことなく鶏肉に似て淡白でありながら、かすかな野性味があり、弾力が強く脂味が少ないへるしぃと聞いている。


「右側のほうは肉ばっかりと言うか、獣型ばかりだな……」


 普段はヒト型と戦ってばかりだから、獣型と戦うと違和感が凄い。

重心が低く下から掬い上げるような攻撃か、飛び掛かるような攻撃が多く、不慣れを感じる。


「鞄も一杯になったし、今日は帰ろうかな? でもまだダンジョンに来てから2時間程度かぁ……凄くもったいない気がする」



 そんな事を考えながら、出口へ向かっている時だった。

何やら背後から集団が移動するような、振動と喧騒が坑内に響く。

そんな不穏な気配に、何人かの探索者が周囲を見渡し、そして叫ぶ。


「やべえぞ! モンスターの群れだ!!」


 そんな突然の叫び声に振り向いた俺は、思わず目を見開き驚愕した。


 

 ヒトコブイノシシ、アーマーウルフ、アーマーベア、ニードルラビット、ダンジョンバット、ゴブリン等々、このエリアのモンスターがためにこちらに向かって来ているのだ。


(『逃げる』か? 『戦う』か?)



 確かに目的のある俺は、この程度の集団に怖気づいてはいられない。

だがこんなところで、巻き添えを食らうのはゴメンこうむりたい。

そんな一時の逡巡の末、『逃げる』を選ぼうとした時だった。

 


「きゃっ!」


 小さな悲鳴に振り返ると、一人の女性探索者が転んでいた。

慌てて段差に躓き、盛大にコケてしまったようだ。

しかしパーティーメンバーと思しき人達は、そんな彼女を助け起こそうとする素振りも見せず、周囲の探索者も我先にと逃げていく……



 クズめ……


 彼女は手を突き、なんとか立ち上がったものの、その足は痛みで震え、予想される不幸な未来故か、その綺麗な顔には焦りが伺える。

そんな絶望的場面で、俺は彼女と目が合ってしまった。


「た、たす――――」


 彼女は多分、「助けて!」と言おうとしたのだろう。

だがそれでは俺を巻き込んでしまうと判断し、生きたいと言う根源的な衝動を、他者への思いやりと言う感情で押さえつけたのだ。

なんという誠実さ! 身体が一瞬で熱くなるのが解る。



「分かった。君を助ける! ――――『南無八幡大菩薩』!!」


叫ぶように《魔法》【皇武神の加護ディバイン・ブレス】を発動させ、戦闘準備を行う。

強い意思での発動だからか、刀身の輝きはより荘厳に感じ、周囲に舞う光の粒はよりその輝きを増す。



「綺麗……」


 彼女はぽつりと呟いた後、ハッと我に返り、光太郎に向けて、力の限りの想いを声に乗せる。


「無茶よ! せめてアナタだけでも逃げなさいよ! 

こんなモンスターの大軍相手に一人で挑むなんて無謀するぎるわ!」


「大丈夫! 俺、慣れてるから」


 言葉の区切りごと、力いっぱい地面を蹴って三段跳びの要領で跳躍し、モンスターの一団 その中央に着陸すると、剣を正眼に構える。

 ヒトコブイノシシの突進を躱し、刀で首筋を一突き。

 右下へ向けて剣を振って血を払い、左斜め後ろから迫りくるゴブリンを一刀で袈裟斬りにする。


 一対多の集団戦・混戦に慣れている俺にとって、この程度なんてことは無い!


 ゴブリンを斬って、がら空きになった背後から襲いかかるモンスターを、【皇武神の加護ディバイン・ブレス】で強化した左籠手の手の甲でスナッピーに殴る。


「キャイン!」


 どうやらアーマーウルフの鼻っ面を殴ったようだ。

 性質の強化と鏖殺おうさつの特権の付与のお陰か、一撃で始末できる。


「しゃぁあああっ! 掛かってこいやぁぁ!」


 自分に喝をいれ、彼女を勇気づける為に、声高らかに宣言する。


敵モンスター群に対し、稲妻のような黄金の刀身が煌めく。

一太刀、また一太刀と振われる度、敵に傷を作り、また屠ってゆく……彼女にとって絶望に近しい数のモンスターは、彼の攻撃で見る見るとその数を減らしていった……



「嘘……あの数を一瞬で……レベル2の冒険者なの? そんなハズはないわ! 確か特殊地下構造体武装探索許可書ライセンス取得の試験会場で私の後に座っていた彼よね……なんであんなに強いのよ!!」


「あの魔法のお陰なの? 一体何なのよ、あの魔法は……

剣が光って綺麗になったと思ったら、バッサバッサ切ってるし……

彼の動きも凄いし、同期とは思えない……一体どうなっているのよ」



彼女が独白を終える頃、モンスターの殆どはその動きを止め、遂にこのエリア最強角:アーマーベアとの直接対決を残すのみとなっていた。


 アーマーベア装甲熊はその名前の通り、装甲のように硬質化した乳白色の外骨格を纏う強敵である。 

その外骨格は斬撃を弾く為、複数で囲い、関節狙いで弱らせる。らしい。

ただ今現物に直面すると、その体躯に畏怖すら感じてしまう。



そんな心の不安を突くかのように突然、鼓膜を劈く咆哮が轟いた。 


「――――――――――――ッ!!」


「何だこれは!」


 恐怖、焦燥、畏怖、そう言った相手に感じる負の感情が増幅される。


 何なんだコレは!


咆哮ハウルよ!! 気を確かに持って! 

 モンスターは声に魔力を乗せて攻撃する事が多いの!!」



「ガウッ!」


 装甲を纏った丸太のような腕が、右上方から振り下ろされる。

剛腕から放たれるそれを、まともに受ければ挽肉にミンチ、掠っただけでもあの鋭利な爪でなます確定だろう。


「んんぅぅんなろうぅぅ!!!」


 だが!敢えて迎い討つ! 輝きの増す刀身を掬い上げる様に振い、丸太のような剛腕を斬り飛ばす。

流れるように地を蹴り、そのまま体長3メートルの熊の首を斬り飛ばす。


 『ドサっ』と水が染みた布団でも落ちるような音と共に、アーマーベアは地面に倒れる。


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