第10話

「あなたの話も聞いてもいいですか」横の女性に話しかけた。

躊躇を滲ませている。


「あなたは現実で生きている、ですが、私が関与しない限り、ここでの事は現実に影響しません」

あまり関与しないのをモットーとしているが。

突然現れ、消えていくしかない。

何かしらの痕跡を残すことしかできない鳥。


もの言わぬ案山子のように黙り込む彼女へ、青年が声をかけた。

「あの、サンのお姉さんですよね、横からだったからよくわからなかった」と、まじまじと彼女の顔を眺めるように正対した。

彼女はもじもじと顔を隠すようにしていたのを諦めた。

頬が微かに紅潮している。


「サン・ケードのお姉さんですよね」

「鴉さん」と返答がようやくあった。

「そうよっ」と、ふーっと息を吐いて落ち着かせている。

「サンの姉、グレット・ケード」


「ある原稿を元に、一冊の本を執筆したのよ。完成させるのも、出版することも、何年も、何年も迷いながら」

「私達姉妹は仲が良かった。仲が良すぎたのが災いした」と当時の心情を振り返り、表情を固くした。

彼女は、唐突に、抱えていた気持ちを吐き出した。


「ごめんなさい」


彼に向かって深々と頭を下げ続け、青年は戸惑いの表情を浮かべた。


「遺品に残された原稿、私が回収したの、でもね、大半があなたの書いた文章よ」

「それに、まだ妹はあなたが生きていると思って、待ち続けてる」


青年は機械のように静止して、「何で、何で伝えてないんだ」と、それだけ呟いた。

聞き取れないような、微かな声量だったが、確かに届いた。

「何でばれてないんだ」


「あなたは父と共に、隠し続けた」と間に入る。


「何時間も待ち続け、自宅にも行って、妹は幼子を抱えて帰ってきた」

携帯電話も大破して繋がらなかっただろう。自宅は解約済だ。


「生気を失った妹に、伝えられなかった。時間が必要だと思ったの」

膝から崩れ落ち、それ以上、言葉を続けられなかった。


「事実婚の婚約者が突然失踪、ってことか」と左目が言うが、二人には聞こえない。

モースの話では、元気を取り戻し、息子のために一生懸命に働いて養っていたらしい。

その結果、過労で入院中だそうだが。


「妹には、父が事故にあったことすら伝えていない」絶縁していたとはいえ。


静かな怒りの感情で占められていた青年は、落ち着きを取り戻したのか、腕組みを解き、わずかに上下していた肩が静まった。


「三本足の鴉さん、頼まれてくれないか?」


聞き慣れたフレーズ、鴉は言葉を探している。

鴉というのは、人間と会話できない。

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