第9話
私達は一羽の鴉。鳴くことはできない。
白い部屋。
音も何もない部屋。
四方は白く、地平線もない空間。
前には二人の人物が、佇んでいる。
一人は甥に似た面影のある、背の高い二十代の青年。
「こんにちわ」、もう一人の女性にも声をかけた。
「俺は死んでいるんだろ」
続く言葉に、静かに頷いた。
「鴉さんと呼べばいいのか、何をしにきたんだ」
「身勝手ですが、只の興味本位です。やっと辿り着けました」と下を向く。
「あなたたちとお話がしたかったのです」と二人を交互にみて、青年に尋ねた。
「どうして亡くなったのですか」
「話す他にないといった雰囲気だなあ」と、渋々ではあるが喋り出した。
「私達は鴉です。鳥類に話しかけると思って」それもどうかとも思ったが、話を促す。
「俺は天邪鬼なんだが」
「小説家を目指していたんだ。それと、子供がいた。結婚を約束していた婚約者との間に」
「彼女の両親に報告に伺ったんだが、猛烈に反対されたんだ。特に父親に。駆け出しの、夢みがちの若者に任せられないと思ったんだろうなあ」
身寄りもなく、貧乏だったしな、とこぼした。
「俺達は悩んだ末、彼女は両親と絶縁。駆け落ちを画策していた。だが、駆け落ちの当日に彼女の父が訪ねてきたんだ」
彼女は姉の家にころがりこみ、青年は既に自宅は解約、近くのモーテルに宿泊していた。
「結婚を認めてくれたのさ。書きかけの原稿、大事な物だけ持ち出してた。父親の車で、彼女と待ち合わせていた行きつけの喫茶店へと向かったのさ」
「嬉しかった」
続ける言葉が重く空間を沈ませた。
「その後、信号無視の車にぶつかって、俺は、死んだ」
そして、彼女の父はかろうじて助かった。
忘れたくとも忘れられないというように、眉間の皺が深くなる。
「それが俺の人生だったな。呆気ないもんだった」と、想起した自身の過去に想いを馳せた。
何の言葉をかけても無駄で、無粋でしかないと黙る他にわからない。
いつも、迷うのだ。只の鴉なのだと言い聞かせた。
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