第5話
青い、只青い空を滑空する一羽の烏。鴉。
右目は黒く、左目は太陽のように黄色がかった白色。
眼下には、数百ヘクタールの砂の絨毯と一片の街。
風に逆らわずに流れ、流れて行き着いた先は雲の上、数字では表せない、名前もない隙間の空間。
「やはり、ここは心地良いな」
久しぶりのバカンスが楽しいのか、心から溢れ出た感情に感じられる。
「もう少し先へ行けば、目的の地点だ。お前の最高のランチだろう」
「浸っている時に、邪魔をするのを無粋と言うんだぞ」
「粋じゃないとも云う」
我ながらくだらない問答だと思う。
「結果も大事だが、過程も同じくらい大事だって話だ。そうは思わないか?」
ずるい問いかけだ。
「ここにたどり着いた時点でお前は、わかっているから、そう言えるんだ」と、
私は細やかな砂丘を眺めつつ、応えた。
そう、お前は大抵は結果を得られる。
「結果がない過程を辿るのは、可能性の問題だ。もし、限りなく薄かったら、結果までの長い道程を歩けるのかな」
所在なさげに佇んでいる初老の男性の後ろ姿があった。
大地に安置された巨岩の様相で、動かない。
「モース・ディケード」
フルネームを呼ぶのが合言葉。
一声かけてみると、呼ばれた男は音もなく振り返った。
「誰だ、君は」
警戒心を微塵もみせてはいないが、困惑している様子がみてとれる。
矢継ぎ早に尋ねてきた。
「まず、なぜ見える?」
何回もされてきた質問に辟易はするが、至極真っ当な質問なのだが、いつも返答に窮してしまう。
手を前方にかざし、「その前に、あなたは現在の自分という存在をどのように解釈していますか?」と尋ねた。
現状把握は大事。
「儂の姿は人々には見えていないようだ。応答が、ないんだ。概念のような存在だと思うのが自然だ」
「まあ、そこまでは気付くよな」
水を差すなと思いながら、「それ以外には?」と慎重に相槌を打つ。
「儂は病死するまで、ずっと、後悔と言えばよいのか、懺悔を繰り返した」と回顧しているような表情で語り始めた。
「ここは違和感がある」と、彼はぼそっとこぼした。
「儂が留まるのも当然かもしれん。心にこびりついている」
上空の鴉が空を滑空し続けている。
右目と左目は眼下に聳える街の喫茶店を見据えていたが、空気の揺れを感じて、後趾と中趾の爪を擦り合わせていた。
世界が崩壊した。
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