第四十五話 物凄くイライラしてくる事件の話

 一九九五年の年末近くのその日、警視庁刑事部捜査一課十三係に所属する榊原恵一と橋本隆一の両警部補が呼び出されたのは、都内のある所轄署の取調室だった。

「取り調べ、ですか?」

「はい。つい先日、この近くにある繁華街で殺人事件が発生しましてね。通行人同士の喧嘩の末に一方が一方を勢い余って殴り殺してしまって、犯人はそのまま逃亡していました。ただ、防犯カメラに姿が映っていた上に、目撃者もたくさんいましてね。昨日になって無事に逮捕したんですが……何というか、取り調べにてこずっていましてね。協力して頂ければと思いまして」

「それはまぁ、構いませんが……」

 二人は顔を見合わせる。

「では、こちらにどうぞ」

 そのまま、二人は取調室横の部屋に案内された。いわゆるマジックミラーの向こうに取調室の光景が広がっており、そこにふてくされた表情の若いジャンバー姿のチンピラ風の男と、その男の尋問する刑事が対峙している状態だった。一見するとごく普通の取り調べの様子であり、わざわざ榊原橋本らを引っ張り出してくるような事案とは思えない。

 ところが、男を正面にした若い刑事が尋問する声が聞こえた瞬間、二人はなぜ取り調べが難航しているのかを嫌でも理解する事となった。彼は真剣な表情でこう叫んだのだ。


「いい加減に白状したらどうなんですか! 伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さん!」


 ……一瞬、何を言われたのかわからず、榊原と橋本はポカンとした表情を浮かべた。が、その様子を見て隣に控えていた刑事が深いため息をついた。

「まぁ、そういう事です」

「え、何ですか? もしかして、今の長ったらしい呪文みたいな言葉の羅列が……」

「はい、この容疑者、えーっと『伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市』……の本名です」

 刑事は手元の手帳に書かれている名前を見ながら所々つっかえながらもなんとか自身のセリフを言い終えた。それと同時に、橋本が思わず天を仰いだ。

「勘弁してくれよ!」

「まったくもって同感です」

 刑事も深く頷く。

「一体何なんですか! この寿限無みたいな名前は!」

「調べたところ、ちゃんと役所に登録された正式な名前でした。元々は『伊藤泰邦いとうやすくに』という名前だったみたいなんですが、事件の一ヶ月前に役所に申請してこの名前に変更しています」

「よくこれが認められましたね……」

「まぁ、その辺は役所仕事というか何というか……」

 これに許可を出した役所の職員に文句を言いたくなる話である。

「何でも本人曰く、『名字が「伊藤」だから、どうせだから歴代の内閣総理大臣の名前を全部つけてビッグになってやるぜ!』というわけのわからない理由でこの名前に変えたそうです」

「あぁこれ、そういう言葉の羅列だったんですか」

 榊原が納得したかのように言う。確かに言われてみれば、この名前の羅列は伊藤博文から始まる歴代内閣総理大臣の名前の集合体とも言えるものだった。よくこんな名前を考えついたものである。

「で、こんな御大層な名前を付けたはいいものの、ビッグになるどころか犯罪者になってしまった、と」

「まぁ、そうなりますね。ただ……その結果、我々が大迷惑を受けているわけなんですが」

 そう言って、刑事は一枚の紙を見せる。それはどうやら取調調書のようだったが、その被疑者氏名欄に小さく細かい字で『伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市』と書かれているのである。

「まさか……」

「えぇ、調書も何もかもが公文書扱いですから、いちいちこの面倒臭い名前を書かないといけないんです。逮捕状を発行してもらう時も大変でしたよ。発行してくれた裁判官の顔が怒りで真っ赤になっていたのを覚えています」

「……」

 笑うに笑えない話だった。

「実は、取り調べでもこの名前のせいで大苦戦していましてね」

「というと?」

「当然、こんな名前をいちいち言うのは面倒くさいので、あいつの事は『お前』とか単に『伊藤』と呼んでいたんですが……そしたらあいつ、そこに付け込んでこっちに無茶な事を言ってきたんです」

「無茶……ですか」

 二人は嫌な予感がした。そして、実際に刑事はその無茶ぶりの内容を言った。

「『警察が被疑者の名前を本名で言わないなんて人権の侵害だ。取り調べはフルネームでやってもらう』と」

「……」

「……無茶苦茶ですね」

 橋本は黙り込み、榊原はかろうじてそれだけ言った。

「えぇ、無茶苦茶です。しかも、奴本人は自分の名前を完璧に覚えているらしくって、少しでも名前を間違えるとまるで鬼の首を取ったかのように嘲笑を浴びせかけてくるのでたまったものじゃありません。実際、今まで名前をちゃんと言えずにベテラン刑事が三人ほどダウンしています。というか、取り調べる側も名前を覚えるのに精一杯で肝心の取り調べに集中できなくなっている状態で、結局何もわからないまま数日を消費している状態です」

「……今まで、罪を立証させまいとする犯人はたくさん見てきましたが、こんな方法で取り調べを逃れようとする犯人はさすがに初めて見ましたよ」

「この長ったらしい名前で警察側を混乱させて、取り調べ期限の二十三日間を乗り越えるつもりか」

 と、その時さっきまで取り調べをしていた若い刑事が泣きじゃくりながら榊原たちのいる部屋に飛び込んできた。

「くそっ、くそっ! あと少しで……あと少しで完璧に言えたのに! まさかあんなところで間違えるなんて!」

 どうやら、名前を間違えて容疑者の伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市から嘲笑を受けたらしい。その事実に、榊原に事情を説明していた刑事が驚愕した。

「そんな……高校時代に高校生クイズ選手権に出場したほどのお前が間違えたのか!」

「本当にあと少しだったんです! 伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市と言うべきところを、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎騏一郎信行光政文麿英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市と間違えてしまいました!」

「……?」

 橋本は大きく首をひねる。一体どこが間違えているのか一回聞いただけでは全くわからない。

「あの、どこを間違えたんですか?」

「だから、途中の『文麿騏一郎信行光政英機』と言うべきところを『騏一郎信行光政文麿英機』と間違えたんですよ!」

「……???」

 橋本はさらに首をひねる。何を言っているのかさっぱりわかっていない様子だ。

「この名前、歴代首相が最初に総理大臣に就任した順番になっていて、近衛文麿は平沼喜一郎内閣の前に第一次内閣、米内光政内閣の跡に第二次内閣と第三次内閣を作っているので、『文麿』の位置を第一次内閣の位置ではなく第二次内閣の位置にしてしまったんです! くそっ、近衛文麿は第二次内閣の日独伊三国同盟締結が有名だからそっちにつられてしまった!」

「いや、それを言ったら第一次近衛文麿内閣だって盧溝橋事件とか国家総動員法の制定とか有名な事はいくつかあったでしょう」

 悔しがる刑事に対して榊原が何ともマニアックな突っ込みを返す。

「でも、何となくですけど、近衛文麿は東条英機の一つ前のイメージが強くないですか? 少なくとも私はそうなんですが」

「まぁ、確かにそれは否定できませんね……。第二次内閣と第三次内閣を連続してやっているから連続していない第一次内閣だけ孤立しているイメージがあるし、何より近衛文麿が日独伊三国同盟を結んですぐに太平洋戦争に突入したからインパクトの問題で……」

「待ってくれ! あまりにマニアックすぎて俺には何の話なのかさっぱりわからないんだが!」

 橋本が突っ込むと、榊原とその刑事はバツの悪そうな表情を浮かべた。

「とにかく、この取り調べはこの複雑怪奇な名前を一度も間違えずに相手から事件の情報を聞き出さなければならないんです! 事件自体はそこまで難しくありませんが、こんな無茶苦茶な事、頼めそうなのは本庁の方くらいで……」

 よっぽど苦労していたのか、全員涙目である。とはいえ、さっきの話についてこられなかった橋本ではこの尋問は無謀なのが想定され、そうなると残るは……。

「まぁ、やれるだけはやってみますが……ひどい取り調べになると思いますよ」

 榊原は「面倒臭い」という顔を隠す事なくそんな事を言うと、ものすごく深いため息をついたのだった……。



※、以下、読んでいるだけで物凄くイライラしてくる放送事故じみた取り調べが行われるので、心に余裕がある方、寛容な性格の方のみお読みください……。



 十分後、榊原は取調室で伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市と対峙していた。

「おう、今度は誰だよ?」

「初めまして、警視庁刑事部捜査一課第十三係警部補の榊原恵一です。ここの署の頼みで、これから伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんの取り調べを担当します」

 一度もつっかえる事なくさらりと伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市の名前を言った事で、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市も榊原に興味を持ったようだった。

「へぇ……面白い、やってもらおうか」

「では、早速。ひとまず、もう一度あなたの名前を確認させてください」

「……伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市だよ」

 さすがに本人だけあって自分の名前はちゃんと全部言えるようだ。

「住所は?」

「新宿区××番地××」

「職業は?」

「キャバクラの用心棒だよ。文句あるか」

「いえ、これは所定の手続きですので。ではまず、事件の流れを再確認します。事件が起こったのは三日前の夜七時頃で場所はこの近くの繁華街。あなた……すなわち伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんは、繁華街を通行中に被害者の、えーっと……」

 これで被害者の名前まで長かったらさすがに取り調べを切り上げようかと榊原も一瞬思ったが、報告書を見ると被害者の氏名欄にはこう書かれていた。


亜健あけん


 『亜』が名字で『健』が名前のようだった。伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市とは逆に、考えられる限り日本で一番短い名前のようだった。というか、『亜』などという名字の人間を榊原は生まれて初めて見た。厳密には泡坂妻男の『DL2号機事件』という推理小説に登場する亜愛一郎とかいう探偵がいたはずだが、まさか現実でこの名字を見る事になるとは思わなかった。

「被害者の土木会社勤務・亜健さんと口論になり、しばらくして殴り合いの喧嘩に発展。これがエスカレートした結果、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんの右ストレートが亜健さんの顔面にクリーンヒットし、そのまま倒れ込んだ亜健さんは後頭部を地面に強打して死亡。伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんはそのまま亜健さんを介抱する事なくその場を逃亡し、後日こうして逮捕されたというわけです」

 が、本来簡単な内容であるはずの事を非常に長ったらしく言って早速嫌になって来た榊原に、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市は不適な笑みを浮かべてこう言ってきた。

「へっ、偉そうなこと言ってるけどよ、俺がやったっていう証拠がどこにあるんだよ!」

「では逆に聞きますが、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんはあの日、事件現場となった繁華街に行きましたか?」

「さぁねぇ。俺は記憶力がなくってねぇ」

 嘲るように言う伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市に榊原は我慢しながら言う。記憶力のない人間がこんなややこしい名前でやっていけるわけがないだろうと榊原は思わず突っ込みそうになったが、それを耐えて話を続ける。

「現場近くの防犯カメラにあなた……失礼、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんの姿が映っていました。事件当時、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんがあの現場にいた事は確実です」

「へぇ……だけど、犯行そのものが映っていたわけじゃねぇんだろ? 仮にあの現場に俺がいたとしても、俺がその亜健とかいう野郎を殺した証拠はねぇんじゃねぇか?」

「被害者を殴り倒す伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんをみた目撃者が何人もいます」

「目撃証言なんか信用できるかよ! もっとちゃんとした物的証拠品を持ってこいよ! それとも何か? 俺の指紋でも出たっていうのかよ?」

「……いえ、調査の結果、現場及び遺体からは伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんの指紋は検出されませんでした」

 目撃者の話では、年末である事もあって伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市は手袋をしていたらしい。それが、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市がこうして捕まってもなお強がっている最大の理由であるようだった。

「ほら見ろよ! 俺があいつを殺した証拠なんか……」

「勝ち誇っているところ悪いですが、何も証拠は指紋だけとは限りませんよ」

 榊原の言葉に、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市はピクリと眉を動かす。

「どういう事だよ?」

「あなたたち二人……すなわち伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんと亜健さんは殴り合いの大喧嘩をしていたわけです。当然、最終的な死に至るまでに何度も相手を殴りつけていたわけで……当然、両者の拳に相手の血が付着したはずです」

 榊原の言葉に伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市の表情が険しくなる。

「被害者の拳に付着していた血痕をDNA鑑定で調べた結果、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんのものと一致しました。また、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんの自宅から押収された手袋を調べたところ、そちらからも被害者のDNAが検出されています。伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんと被害者の二人が殴り合っていた事について、言い逃れはできませんよ」

「……」

 ようやく、こちらを舐めるような発言を繰り返していた伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市の口が止まった。しばし、二人は睨み合う。

「……わかったよ。確かに、俺はあいつと殴り合った。それは認める。けどよ、だからと言って殺したって決めつけるのは乱暴じゃねぇか?」

「……どういう意味ですか?」

「俺が殴り倒したあとで誰か別の人間が来て殺した可能性だってあるだろ。そっちはどうなんだよ?」

 事実上、悪あがきに近い発言だった。が、榊原は冷静に言う。

「何度も言うように目撃者がたくさんいます。それに、被害者の遺体にはあなた……失礼、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんと殴り合った時についた以外の外傷がなかった。何より、被害者の致命傷となった顔面へのクリーンヒットですが、顔面の傷跡と伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんの拳の形状が一致しています。言い逃れはできませんよ」

 そこまで言われて伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市は榊原を鬼のような形相で睨んだ。しばらくその状況が続く。が、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市はやがて小さく笑って両手を上げ、忌々しそうにこう言った。

「……降参だ。刑事さん、あんたやるね」

「……それはどういう意味で、ですかね? 伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんの罪を立証した事か、それとも伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市さんの名前を一度も間違える事無く言った事か」

 榊原は大きく息を吐きながら言う。

「ま、両方だな。つーか、これだけ俺の名前を何度も繰り返し正確に言える奴なんか初めて見たよ。いるんだねぇ、そんな奴」

「……喧嘩の動機は何ですか?」

 榊原の問いに、伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎湛山信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市はせせら笑いながら答えた。

「名前だよ」

「名前?」

「あいつ、俺のこのナイスな名前を馬鹿にしやがってよ。それも馬鹿にするだけならともかく、わざと間違えて呼びやがった。それが……どうしても許せなかったんだ」

 何とも脱力する動機だった。というか、こう言っては何だが、この名前では馬鹿にするのはやり過ぎにしても、文句の一つや二つくらいは言いたくなる。そもそもこの名前を「ナイス」というのは……。ツッコミどころ満載だったが、榊原はあえて無視をして話を先に進める。というか、もう一刻も早くこんな取り調べは終わらせたい。

「わざと間違えたってどんな風にですか?」

「どんなもなにもねぇ! あいつは俺の事を『伊藤博文清隆有朋正義重信太郎公望権兵衛正毅敬是清友三郎奎吾高明礼次郎義一雄幸毅実啓介弘毅銑十郎文麿騏一郎信行光政英機国昭貫太郎稔彦喜重郎茂哲均一郎信介勇人栄作角栄武夫赳夫正芳善幸康弘登宗佑俊樹喜一護熙孜富市』って呼びやがったんだ! 許せるわけねぇだろ!」

「……」

 榊原は沈黙する。相変わらず、何が間違っているのか一回聞いただけではわからない。が、あれだけ取り調べ中に何度も連呼していただけあって榊原はすぐにその間違いに気づいた。

「もしかして、途中の『湛山』が抜けているから、ですか?」

「そうだよ! 刑事さんだって『榊原恵一』を『榊恵一』とか呼ばれたら嫌だろ! 同じこった!」

「同じ……ですかね」

 榊原はポツリとつぶやく。それに、こう言っては何だが歴代内閣の中で石橋湛山は任期が数ヶ月である上に、その前後を鳩山一郎と岸信介という長期内閣に挟まれているだけあって忘れやすいのも無理はない。よって本当にわざと言ったかどうかも怪しい所ではあるが……それを突っ込む元気は榊原にももうなかった。

「とにかく、俺は後悔していない! 俺は自分の名前を守っただけなんだからな!」

「はぁ……」

 事ここに至れば、榊原としてはそう言ってため息をつく他なかったのである……。


 取り調べ後、出迎えた橋本に対して榊原は一言こう言った。

「疲れた」

 単純、かつ明快な感想だった。

「まぁ……お疲れさま」

「何でこんな簡単な取り調べでここまで疲れないといけないんだ」

 この男が愚痴を言うなどという事はかなり珍しい。橋本はさすがに同情しながら状況を伝えた。

「とりあえず、所轄はすごく感謝していたぞ。これでやっと送検できる、と」

「……送検したら送検したで大変そうだがな。裁判も別の意味でもめにもめそうだ」

 果たして、検察や裁判所にこの名前を暗唱できる猛者はいるのだろうか。それは心配だったが、そこまで行けばもう榊原には関係ない。できる事なら、取り調べをした刑事として裁判の証人にだけは呼ばれたくないなぁと思ったりした。

「……帰るか」

「……そうだな」

 二人はそう言って署を出ると、とりあえず今日だけは新しい事件が起こりませんようにと心の底から祈りながら去って行ったのだった……。

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