第四話 静寂の間

  音一つしない部屋。その中央に男はいる。

 男は幸福そうな表情で周りを見渡すと、近くにあるものを撫でた。いくつものケースに収められた札束。男が苦労の末にようやく手に入れた代物である。これを手に入れるまでにどれだけの苦労をしたか。男はその苦労を思い出すと涙ぐんだ。

 でもそんなことはどうでもいい。とにかく、男にとってそれが今自分の手元にあるということが重要だった。それ以外はどうでもいい。男は誰もいない完璧に防音処置された部屋の中にいた。動くものは一切ない。完全な静の空間だ。これは俺のものだ。俺の領域だ。そう、この静かな空間こそがおれの勝利した証なのだ。誰にも邪魔されずに一人だけでこの金を鑑賞する。これほど幸せなことはない。男は周りの金を満足そうに眺めると、微笑みを浮かべた。


「で、この中にいるわけですね」

 駆けつけてきた警視庁捜査一課の榊原警部補が行員に確認を取る。ここは銀行の金庫室前だ。

「はい。金をよこせと言ったんで金庫に案内して、入った瞬間にドアを閉めて閉じ込めたんです。金庫ですから脱出は絶対無理です。今ごろ大金の中で茫然としていると思いますが」

 榊原は、一緒に駆けつけた橋本警部補と顔を見合わせた。

「まぁ、念願の金と一緒になれて、本人もご満悦じゃないか?」

「どうせすぐに引き離されるんだ。応援が来るまでしばらくこうしておくか」

 二人はそう言うと、黙って正面の金庫を見つめたのだった。

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