第三話 白昼の死角

 俺は真昼の住宅地を歩いていた。早い話が俺は泥棒である。それも何十件もの家に忍び込んで仕事を成し遂げたプロ中のプロだ。素人の泥棒は夜更けてから家に忍び込むのが定石だが、俺はそんな連中を軽蔑する。寝ているとはいえ間違いなく人がいる家に忍び込むなどどうかしている。泥棒をするなら昼間の方がいいのだ。大半の住民は学校や仕事に出ていて家にいない。特にこのような都市周辺にある昼間のベッドタウンの住宅地は格好のカモなのである。プロはそういうところを見逃さない。

 さて、俺が今狙っているのは最近引っ越してきた男が住むアパートの一室。見るからに忙しそうに出勤していくのを何度か見たことがある。今、家はひっそりしていてカーテンまでしてある。家にいませんと言っているようなものだ。俺はピッキング用具を取り出してドアを開けた。今回は簡単な仕事だ。俺は中に入った……。


『昨日正午、東京都四谷区内の警察官舎に泥棒が侵入したが、家にいた住民に発見され即逮捕されるという事件があった。住民は警視庁刑事部捜査一課の榊原恵一警部補で、夜勤明けで寝ていたところに泥棒が侵入し、間髪入れずに一本背負いを決めて逮捕したとの事。警察は、男に余罪がないか調べている』

 深町瑞穂は事件ファイルに挟んであった十年以上前の古い新聞記事から顔を上げると、目の前であくびをしている榊原を見やった。

「こいつ、馬鹿ですか?」

「馬鹿だと思うね。何で警察の官舎に忍び込みなんかしたのか。取調べでは俺はプロだとか喚いていたが……。あまりに印象的だったからそうして記事だけ残してある。まぁ、それ以上は一切記憶にないがな。というか、今の今まですっかりその存在を忘れていた」

 榊原の言葉に、瑞穂は気の毒そうな表情で記事をそっと戻したのだった。

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