サレナとの一幕

 騎士団生活の二日目。

 仮加入日から数えれば三日目だが、昨日は休みであっため、実質的には二日目ということになる。


――誇り高き王女・聖女直属の騎士団。


 さぞ、日ごろから辛く厳しい鍛錬を日中をかけて行う、と想像されがちだが学園と何ら生活が変わることはない。


 午前までは王女・聖女直属の騎士たちは座学を行うことになっているからだ。


 リューライトは仮入隊してから今日が初めての座学。


 何とか目立たず荒波を立てないように考えていたが―――そうもいかなくってしまっていた。


(もうめっちゃ目をつけられてるって…………勘弁してくれよ……)


 朝から、あ~んを連発されたり着替えを無理やり手伝ってこようとしたり、離れようとすれば腕にぎゅっと絡みついたり、と好き放題甘やかしてきた―――目をつけられている元凶をリューライトは横目で見やった。


「……目が合った。嬉しい、お兄ちゃん」

「(いくらなんでもキャラ変が激しすぎだろ……)」


 兄貴、とぶっきらぼうに素直に甘えられなかったサレナの姿はもう見る影もない。


 妹のサレナが甘え上手というべきか、いや甘やかし上手となったことには突っ込みたくないが、おかげさまでもう大目立ちしてしまっている。


 それも仕方がないだろう。


 何せ、ここは誇り高き騎士の教え場。


 その崇高な場所では基本的には誰もが己を律するのがマナーとされているが、今のリューライトは客観的に見ればいちゃついてるだけにしか見えないからだ。


 席も自由席であるからか、問答無用でサレナはリューライトの横を独占。

 席を立ちあがり他の席につこうと考えたが、サレナは付いてきそうだったため諦めた。

 隣の席になれば、やけにひっつこうとするサレナ。


 そのせいで先ほどからだが、四方八方で、怨嗟の視線が飛び交っていたのだ。


「……お兄ちゃん、ここの問題教えてくれたら頭撫でてあげる」

「先ほどから近いぞ、サレナ。それにここは崇高な場所だ。あまり男女がこうしてだな―――」

「悪のカリスマを目指すお兄ちゃんなら、造作もないでしょ? 周りの視線だって関係ない。それに、もしかしてここの問題分からないの? 悪のカリスマを目指すんでしょ? お兄ちゃんは」


 サレナも含んだヒロイン達の好意を緩和すべく悪役ムーブをかますリューライトだが、それを今や逆手に取られてしまっていた。


 一度悪役ムーブをかましている以上、リューライトは焦りながらもこう答えざるを得ない。


「当然だ。俺が動揺することはない。ここの問題はだな―――」


 そうして問題を見るが、実に簡単なものだ。


 リューライトよりも賢く成績が良い彼女が分からないはずがない。

 あえてサレナはリューライトに教えをこうている。きっとそれは彼女がリューライトを甘やかすための口実として用意しているのだ。


 難なくリューライトが答えを口にすると、『えらいえらい』と頭をなでてくる。


(……恥ずかしいし、周りの視線が凄いことになってるぞ)


 ふと周囲の視線を確認すれば、シューラ、ミリヤ、モニカあたりの視線が人一倍鋭くなっていた。

 良く手元を見れば全員が全員、筆記用具を折っている。


(……いやいや、怖いって)


 と内心で答えるが、きっと彼女達が我慢しているのは今日がサレナの日と決められているからだろう。

 リューライトが焦っていると、ルクスの声が聞こえてくる。


「リューライト様はモテモテですね。それにその……うらやましいです」

「……これのどこが羨ましいんだ? ルクス」


 周囲の汚らわしいものを見るかのような視線に嫉妬が混じった怨嗟の視線。


 どれもこれもが悪目立ちといっていい視線を指している。

 リューライトがルクスに尋ねると、彼は爽やかな笑みを浮かべた。


「……リューライト様はこの視線をものともされません。その強さが羨ましいんです」

「お兄ちゃんは私の誇りだから、当然。ね? お兄ちゃん」

「……………ふ、ふん。当然だ」


 内心では『なにいっちゃんてんのおおおおおお』と絶叫するリューライトだが悪役ムーブを決めている以上、焦りを見せてはいけない。


 まだ授業開始前だというのに、リューライトの席周辺は目をつけられまくっていた。

 そのせいか、ある厳つい騎士が近づいてきた。


「……おい、そこのリューライトっつったか。お前実力あるんだろうな……」


 基本、実力さえあれば騎士にはある程度の自由が認められる。

 だから一応聞いてきたのだろうが、リューライトに実力はない。

 あるのは精々、主人公とヒロイン達くらいのものだ。


「……お兄ちゃんは最強だから出る幕すらない」

「お前は妹だから……見逃してやろうと思ったが、ずいぶんと生意気な口を叩くなぁ! 決闘をそこの兄貴で考えていたが、お前にしてやってもいいんだぞ?」

「いいよ? 私よりお兄ちゃんの方が最強だから」

「……っ、いいんだな?」

「うん」


 そう、即答するサレナ。

 リューライトは思わず内心では突っ込んでいた。


(どこの先輩か、チンピラかは分からないけど、ぜったい、決闘しない方がいい……サレナには勝てないって)


 その通り、サレナは実力者で決闘すればこの男が負けるのには違いない。

 だが、彼女のこの発言。


『私よりお兄ちゃんの方が最強だから』


 この発言はリューライト自身、冗談で捉えていたが、この発言が後々、更なるトラブルを生むことになるのだ。


 リューライトはそんなことを知る由もなく、穏便な学園生活を送れることを願っていた。

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