騎士団生活の不穏
リューライトはホッと安堵の息を零しながら、学生寮へと向かっていた。
騎士団の前で自己紹介をし、歓迎はされなかったものの、何とか目をつけられずにすんだのだ。
騎士団に加入とはいっても、生活は対して学園で送る生活と大きく変わらない。
違いとしては、稽古が厳しくなったり、時々調査をしに外へ赴く機会が多くなることくらいだろう。
あくまで学生という年齢には変わりないため、勉学は欠かせないのだ。
そして、騎士団に加入する者のすべてが寮生活を送ることとなる。
つまるところ、全寮制なのだ。
そして、今はアリエス王女に寮を案内してもらっているところだ。
「………ここが、リュー君のお部屋」
「ありがとうございます」
「どう? 騎士団の居心地は?」
「まあ、それなりには」
「ふふっ、でも助かった。リュー君の側にいた女の子たちは聖女様のところだものね?」
「……はい、それは助かりました」
「そう? そう思ってくれる?」
グイっと姿勢を前傾させてくるアリエス王女。
なぜだろう。麗しく自分を気品ある様にふるまうのが、第一王女のアリエスなはずなのだが……今は、なんというかシューラやサレナと同じ匂いがした。
「もし、よかったら……困ったことがあれば私のところに来てね?」
「は、はあ……」
できれば行きたくありません。
そう思いたいところだ。
王女様に崇拝、心酔している者が多いであろう中……自分が王女様のもとへ赴いていく。
うん……やばそう。
それだけは直観でやばい、と感じ取るリューライトである。
「そう? なら、私がリュー君のお部屋に行こうかな? いいわよね」
「いや、それは―――」
「だって部下の面倒を見るのは王女の務めだもの」
(拒否権がない……!)
もともと、王女の直属騎士団に入った以上、それは妨げられないだろう。
嫌な汗を額ににじませると、アリエスはさらにリューライトを焦らせる発言を零すのだ。
「そういえば、モニカもきっとリュー君の面倒を見に度々部屋にくるはずだから」
「え……?」
「だって、団の
「…………」
別に反論するところではないが、猛烈に嫌な予感がリューライトに走った。
面倒を見る、と零すアリエスの目が笑っていないようにリューライトの目からは映ったのである。
ぞっと背筋を振るわせながら、リューライトは口を開いた。
「あのっ、もし……以前お助けしたことで俺を気に入ってくださったのなら……それはそのっ―――」
そこで、口を結び、リューライトは深呼吸を繰り返す。
これは賭けだ。
不敬罪となる恐れはあるものの、アリエス王女のこの熱烈なアプローチから避け、平穏に過ごしていくためには、やはり≪≪悪役ムーブ≫≫をかますしかない。
王女の視線は、今やリューライトに釘付けとなっている。
リューライトは深めに息を吐いてから続けた。
「……あ、あれは王女……さまの……ためにやったことではない! 俺が気まぐれにやったことに過ぎないのだ……だから、勘違いはしないでほしい! ……です」
時々、弱気な発言がまじったが許してほしい。
なにせ不敬とされる可能性があることを鑑みると、どうにも強めの語気で発言はできなかったのだ。
リューライトの言葉を受け取ると、アリエスは顔を真っ赤にさせる。
どうやら怒らせてしまったようだ。そりゃ自分勝手に気まぐれに助けたなんて、幻滅されるに違いない。
だが、リューライトの思惑とは裏腹にアリエス王女は顔を赤らめ……そして俯いたのは、何も怒りからの感情ではなかった。
(可愛い……照れ隠ししてるリュー君すっごく可愛い)
そして、アリエスの中には……リューライトをいじりたい、もっと可愛いところが見たい、といったそんな感情が芽生えはじめていた。
(これって俗にいう……ツンデレってやつよね。リュー君! ふふっ、あっ今も申し訳なさそうな顔してる。すごく可愛い。やっぱり、他の子たちが聖女のとこいってくれて助かった。だってそうでもしてくれないと―――彼の周りはずっと女の子でいっぱいになっちゃうから)
と、アリエスは蠱惑的な笑みを浮かべた。
アリエスの姿を見たリューライトは思わずぞっと背筋が震えてしまう。
(うまくいったんだよな? 俺の悪役ムーブは。それにしても何か嫌な予感しかしない)
♦♢♦
それから、とりあえず王女様とは別れて、リューライトは寮で自室に入ることになったのだが、そこでリューライトはまた驚愕の光景を目にすることになる。
「……お帰りなさいませ、リューライト様。身体がさぞかし疲れているでしょう。これから、このリューライト様の専属侍女であるミリヤがご奉仕いたします」
……うん。なぜ、ミリヤがここに?
騎士団別になったはずじゃあ……。それに何かミリヤも雰囲気が変わったような……。なんか積極的になってるというか……。え?
リューライトは知らない。
裏ではとんでもない計画が聖女のもと始動されていることを。
そして、この騎士団生活で甘やかされる誘惑が幾多にも及んでしまうことを。
一歩間違えれば即破滅ルート行き確定の地獄生活だということをリューライトはまだ知らない。
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