モニカ騎士団長視点

 モニカ・バレンデスト。

 彼女は才能溢れる、最強の女騎士と名高い王女直属の騎士団長だ。

 誇り高い騎士団に所属している彼女は、文字通りの怪物、化身。そのものである。


 彼女はリューライトの幼馴染で、物心ついた頃には彼のそばでモニカはずっと過ごしていた。


 優しくて。あたたかくて。


 リューの側は居心地が良かった。


 努力家で、幼い頃はすごく優秀だったリューライトは将来が期待されてて……対するモニカはその時には才能なんてなかったため、彼に憧れを抱いていた。


 でも、それも儀式ですべてが覆される。

 私には【剣王】の才能が与えられ、将来が期待されていたリューには何にも才能が与えられなかった。


 可哀想だと思った。

 妹のサレナちゃんも、従者のミリヤにも才能が与えられていたのに……彼だけは世界が見放した。


 そこから、リューライトに向けられていた期待や羨望といった周囲の視線は一変していく。


 嘲笑。侮蔑。

 てのひら返しもいいとこだ。


 幼馴染の私や彼の妹のサレナ、そして従者のミリヤは彼に寄り添った。

 でも、彼の心はもう荒んでしまっていたのだろう。


『同情なんていらない』

『お前らは良いよな』


 そんな言葉で私たちを拒絶していった。

 ミリヤもサレナも彼のそばに居続けようとしたけど……リューの拒絶が続くと、彼女たちは彼に近寄らなくなる。


 それでも、私だけは彼の側に居続けた。

 彼がどんな酷い言葉を投げかけてきても。

 別に同情だとか、親愛だとかそんなのじゃない。

 これは、私のみそぎ。償い。

 それに他ならない。

 私は彼に対して……嘘をついている。


『リューの側にずっといるよ? だって、幼馴染だもん』


 気持ちが悪い。


『リューが嫌だっていっても一緒にいるから! 辛い時には一緒にいるの! 幼馴染だもん!』


 こんなこと言える自分が気持ち悪くて仕方がない。

 私の根気に負けたのか、リューはそれからは私が側にいることには何も言わなくなった。


 それから、しばらく時間が経つと———私はリューに告白されることになった。


 びっくり。

 今でもあの時の衝撃は忘れられない。

 ただ、時期が最悪だった。

 メキメキと剣の才能が開花しだした私にはすでに王女様の騎士団へのスカウトが寄せられていた。

 だから、告白は受けることができなかった。

 それに、何より私にはそんな告白される資格なんてないから………。


 付き合って欲しい、との告白を私は断ることに。でも、きっとそれは間違いだったのだろう。

 リューは私の知らないところで腐ってしまったのだから。


 さて、それからしばらく。

 私が騎士団長へと昇格してから間もない頃にそれは起きた。


 "強い孤独感"


騎士団長ともなれば、できることが当たり前。できないことは恥とされてしまう。

 前までは褒められてたことも、全く褒められなくなってしまった。


 敵を倒さなければ、民衆から咎められる。

 敵を倒しても、民衆からは"当然"との視線を向けられる。


『モニカってさ。いつかおおものになるって! おれといっしょにさ!』

『モニカ。もっとじしんもてよ! おまえはすごいんだからさ』


 幼き頃のリューの発言を思い返す。

 その頃の私は自分に自信がなくて、キラキラ輝いていたリューが羨ましかった。

 褒められてばかりだった私は、口では否定してたけど、でも褒められて内心では満更でもなかった。嬉しかった。


 だが、今はどうだろう。


 騎士団長になった今、もう褒められることなんてありはしない。

 できて当然、の世界に私は入り込んだのだから……。それだけ誇り高い地位にいる、と自分を言い聞かせてたけど……心の中は寂しい気持ちでいっぱいだった。


 "もっと、私を評価して"

 "もっと、私を見てよ"


 あぁ、なんて醜いんだろう。

 私の本性はそんな自分本位なものでしかないんだから。

 リューに対して寄り添っていたのもそうだ。

 リューが世界から見放されたとき……私は恩人に対して『やった』と思ってしまったのだ。


 何でもできるリューとようやく立場が変われた。やっと私の舞台へと降りてきてくれた。


 そんなよこしまな考えを抱いてしまったのだから………。


 自分の本質に嫌気が差していても、胸の中に渦巻く強烈な孤独感は止まってくれそうになかった。


 そんな日々を過ごしていたあるとき。


「この右目はいったい………」


 自分の目が禍々しく輝いていたのだ。

 瞳の奥には花が咲いていて、首を傾げざるを得ない。そういえば、アリエス王女もこんな花が咲いていた日があった様な気もする。


 不気味な自分の瞳に違和感こそ持ったが、特に痛みもなかったためその日は普通に過ごした。

 ……が、仕事の途中で私は私が私でなくなるのを感じ取った。


 王都にひしめく獣を一網打尽。

 綺麗にクールにいつもなら一閃で仕留めるのだが……見せ物にするかのごとく、獣を痛めつける。

 なんで自分でそんなことをしているのかは正直に言ってよく分からなかった。

 ただ心の中にあった"孤独感"やモヤモヤが消えていく感覚は気持ちが良い。


「どうだ? 私はすごいだろう?」

「モニカ騎士団長はすごいです!」


 最初こそ、戸惑いを見せる部下達であったが私の目に魅入った瞬間に敬意を示してみせた。

 民衆も私に恐怖の感情を示したが、それも私の瞳をみればうっとりとした視線を投げかけてくる。


 あぁ、すべてが気持ちいい。

 もっと私を見て!

 もっと私を評価して!


 胸の中の疼きがズキズキと止まらない。

 もっともっと……せっかく騎士団長になったのだ。傍若無人に振舞って私を見せつける。

 それこそが、私の望みじゃないか。


 醜い本性がズカズカと私の理性を殺してきた。そのタイミングのことである。


「ギリギリ間に合ったか……王女様の時もギリギリだったけど」

「………りゅ、リュー……?」


 太っちょな青年が私の元へと姿を現したのだ。最後に見た時から、体格が随分とふくよかになっているが……一眼見ただけでわかった。

 リュー。幼馴染のリューだ、と。


「顕示の魔眼……開眼してるな」


 私の瞳を見た瞬間、リューはそんなことを口にしてくる。

 顕示? 魔眼?

 何を言っているのか理解できなかった。


「俺はモニカを助けにきたんだ」

「助ける?」


 何を言っているんだ。

 私は今が一番気持ちが良いというのに。

 もしかして、リューは私の邪魔をしにきたの? こんなに気分が晴れやかになっているのに。

 意識せずとも、勝手に私の本性がリューライトに敵意を剥き出しにする。


 私が一閃で彼を仕留めようとした時、黒服を纏った何者かが剣でそれを遮ってくる。

 相当な腕前の持ち主。

 剣を交えただけで相手が誰だか分かった。


「ミリヤ……ね。彼の側に居続けることにしたんだ」

「リューライト様は変わられました。きっとモニカ様のことも助けてくださいます」

「変わった? 何を言って……」


 私とミリヤとの決闘が始まっているさなか、リューライトは口を大にして想いを伝えてきた。


「……っ。モニカ。俺は感謝を伝えにきたんだ」

 ……感謝?

 疑問が尽きない私を差し置いて、彼は続ける。


「……あのとき、才能が与えられなかったとき、ずっと一緒にいてくれて嬉しかった」


 今更何の話よ……。

 嬉しかった? 何を勘違いしてるんだろう。


 何故だか無性に苛立った私は、剣をミリヤと交えながら零す。


「違うっ! 私はただあのとき、リューに才能が与えられなくて嬉しいって思っちゃった。何でも持ってたあなたが、何者でもなくなったその瞬間……私は悦びに浸った! その罪滅ぼしとして付き合っていただけ!!」


 半ば叫び声にも近かったと思う。

 それでも、リューは動揺することなく言ってのけた。


「……それでも嬉しかった。ありがとう」

「………っ」


 うざい。

 そんな笑顔を向けるな。

 私にそんな資格はないのに……。


「やっぱり俺の言った通りだった。モニカは大物になってみせた。俺はまだまぁ……大物になれてないけどさ」


 幼い頃の発言のことだろう。

 私もよく覚えている。


「……っ。なぜ今更……姿を現した!」

「ごめん。きっと振られた時に手を差し伸べれていたら、あの時——背中を追いかけていたら、きっと未来は変わってた。でもあの時の俺は出来なかった。クソッタレで腐ってたから」

「…………」


 黙り込む私にリューは続ける。


「……人一倍寂しがり屋のはずなのに、おおものになれる、なんて俺の発言を信じてくれてたんだよな? だからあの日……モニカは騎士団に入ることにした」

「うるさい………うるさい」


 全て図星。

 リューの夢を追いたかった。

 だから、私は騎士団に入ったのだ。


「やっぱり幼いころの俺の見立ては正しかった。モニカは大物になってたんだから」

「……っ。何をほざいてる。私が大物? そんなわけないだろう」

「俺は最近、改心して学園に通い出したんだけど皆、モニカのこと誇らしく話してる。皆が目標にしてる」


 たとえ、それがモニカの目に入ることはなくても。

 たとえ、本人がいる前で口をすることはなくても。

 視野を広げれば……モニカのことを讃える者は数多く存在しているのだ。


 嘘偽りなきリューの視線を受け取ると、思わずモニカは言葉を失った。


「……もしかし、て。それだけ伝えにきたの? どうして?」


 目を見開き、呆然と尋ねる。

 するとリューは柔和な笑みを向けて零す。


「辛い時には一緒にいる。それが幼馴染だから」


 どこか照れ臭そうに、恥ずかしそうに、リューはそう零したのだ。

 その発言は、私がよく幼い頃のリューに伝えてきた言葉。


「…………っ」


 目頭がかっと熱くなる。


「俺もミリヤもサレナもずっと見てるから。そして皆んな、思ってる。モニカは凄いんだって」

「ご、ごめんなさい…………」


 私の目からとめどなく涙が溢れた。

 ピキピキと何かが壊れ、すーっと意識が遠のいていく。

 夢の中ででてきたのは、幼い頃の私とリュー。穏やかな気持ちのまま、昔交わしたやり取りや、遊びの数々が浮かんでくる。


 どろんこになって遊んだり。田んぼをかけたり。木登りしたり。

 そのどれもが眩しくて、あたたかくて、優しいものだ。


 思い返せば、私はそこでようやく自覚した。

 あぁ、私って。


(ずっと恋してたんだ………)


♦︎♢♦︎


 次の日、目が覚めた時にはもうリューの姿は見えなかった。

 私が暴走してしまったことは、なぜだかなかったことにもなっている。

 あれは夢だったのか、なんだったのか。

 良く分からなかった。

 ただ一つだけ言えることがある。


 "リューに会いたい"


騎士団長の立場であるから、表に出せないが、強烈な孤独感はもはやない。

 あるのはリューに会いたいというものだけだ。


「……騎士団に入ってくれないかな」


 ポツリ、とモニカはそう室内で零した。

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