アリエス王女視点
アリエス王女。
第一王女でこの王都を統括する、絶対的でかつ象徴的な存在だ。
アリエス自身は強く自分を着飾っているが、彼女の内面は脆くとても弱い。
王女としての重責に耐えられるほどの強い精神力はアリエスには備わっていないわけである。
だからだろう。
アリエスは強い自分を演出するしかなかった。
王女としての責務を全うするために。
自分が自分を保つために。
それが彼女を精神的に蝕んでいったのだろう。
群衆にみせる王女としての側面が多くなり……権威を見せることもままならなくなったせいか、ぺこぺこと言うことを聞く民に対して『つまらない、どうせならもっと支配したい』といった仮面を被った自分が色濃くでてしまう様になった。
もちろん、そんなことを側近のモニカに言えるはずもない。
支配? つまらない?
そんなのは普通じゃない。誰しもが人に言えない秘密の一つや二つは抱えているはず。
私にとってその人に言えない秘密ってのが……支配の欲、それに過ぎない。
欲望に飢えながら、耐え忍び業務を遂行していく。
最初はそれで何も問題はなかった。
けれど、着実に着実に……仕事を進めれば進めるほど、その支配したい欲望は留まることを知らなかった。
「………な、なによ。これ……」
ある日の朝。
その飢えが最高潮に達していた時、私は鏡で自分の瞳を見ては固まった。
瞳には薔薇の紋様が浮かび上がり……怪しく輝いていたのだ。
気味が悪い……。でも、その怪しい光はとても綺麗で私は美しいとも感じてしまっていた。魅入れば魅入るほど、自分が自分でなくなっていく感覚が気持ち良い。
今まで抑え込んでいた理性。
それがどうもバカバカしいと感じられた。
「……おはようございます。アリエス様」
モニカが私を起こしにやってくる。
「モニカ……もっと敬意を示しなさい。平服なさい」
どうしてか分からなかった。
私はモニカにこんな口を叩きたいわけではない。
モニカを失望させるだけなのに……。
そう思ったが、事態は思わぬ方に進んでいった。
「……はっ。アリエス様の望むままに」
モニカは私の瞳を見れば……生気を失い操り人形と化した。
モニカだけではない。私の騎士たちは全員……私に忠誠をより見せる様になった。気分がすっと晴れていく。
いままで、モニカも他の騎士も私の命令には嫌なことには嫌と答えていたけれど、今は違う。私には誰にも逆らえない。
お父様にも、どうやら私より目上の者も……全員が私の虜になった。
原因は分からない。けど、きっとこの怪しく薔薇が咲いている眼が原因でしょう。
「……ふふふふふ。愉快愉快」
私は王城の者を支配していき、やがて国全体も支配してこの欲を満たそうと考えていたが……そんな時だった。
私の邪魔をする者が二名現れた。
「……アリエス王女。こうなる前に本当は止めたかった」
「……あなたは誰? どうしてここに?」
「俺はリューライト・シェイド。助けにきました」
「ふ~ん? 生憎、もう全員私の虜だから誰も助けられっこないわ」
「違う……」
一旦区切ってそこから続けるリューライト。
「貴方を助けにきました」
「……ふふふふふふふ」
思わず笑みが止まらない。
私を助ける? 戯言がすぎる。私は絶対の力を手に入れている。
何をどう助けるというの?
「支配の魔眼……もう末期の状態かぁ」
「……」
ぶつぶつと独り言を溢すリューライトが気に食わなかった。
こいつもすぐに私の虜に―――。
そう思った瞬間である。
「……アリエス王女は本当は猫が凄く好きで特に肉球が好きですよね」
「……っ」
顔が紅潮し思わず目を見開く。
それはずっと私が秘めていたもの。
猫好きで肉球に目がないことは誰にも打ち明けたことがない。
なのに、どうしてそのことをこいつは知って―――。
困惑と動揺が隠せない私に続けてリューライトは溢す。
「……俺は知ってるんです。アリエス王女が本当は心優しい人だって」
「……っ」
何を言う。初対面なのに……私の何を知っているというんだ。
怒りで不快感が胸の中を渦巻いていく。
「……【飛びなさい】」
私の言葉に応じるかのように、彼の身体は宙に浮き勢いのままに壁へと飛ばされていく。
だが、彼は重そうな身体ながらも走って再びこちらに戻ってきた。
「今ので分からなかったの? 私には敵わない。貴方は不愉快。消えて」
「……え、演説の時、俺は貴方を見ていた。だからこそ、分かるんです。アリエス王女……本当はこんなことしたくないはずですよね……」
「……ふっ。私を止めにでもきたの?」
「腐ったら駄目だ……アリエス王女は強いから、なおさらです」
「……あ~うざい。うざい」
こいつも私の言いなりに堕としてやろうか。
眼に力を込めている間……リューライトは続けた。
「アリエス王女。貴方は本当は誰かに認めて欲しかったんじゃないですか? 王女としてではなく、本当の自分を……」
うるさい。
「モニカや他の人たちに王女としてではなく、ただ普通に振舞って欲しかったんじゃないですか?」
知ったような口を。
「アリエス王女。本当は分かっているはずです。貴方自身が一番」
「……っ」
うるさい、嗚呼うるさい。
もう一人の自分が心の底で何かを言っているのが分かる。
私の望みは今じゃない、と。
「猫が好きで肉球好きで誰よりも優しいアリエスが俺は好きでした。きっとモニカだって他の人たちだってそうです。……なのに」
ぽろ、と彼の頬に雫が伝う。
どこまでも熱くて縋りたくなるようなそんな姿。
太っちょでボロボロで、だけれど必死な姿。
だから、きっと私はムカついてる。初対面だけど彼の言ってることは正論だから。
「………貴方が自分を一番に否定してどうするんですか!?」
自分で自分を押し殺すな。
その言葉に、目が見開かれ、固まる。
「……支配の欲があるなら、きっと誰かが……いやまあ受け止めるはずです。だから戻ってきてください。アリエス王女……いいえ、アリエスさん。俺がいいえ、俺たちが必ず助けます」
「………っ」
どこともなく心の声が聞こえる。
『本当はね……私、支配したいんじゃなくて―――』
と、次の瞬間――私は彼に抱きしめられた。
「……俺だけじゃない。多くの人が貴方を認めてます」
『愛情が欲しかったの』
そんな内に秘められた幼い私の本心が零れた瞬間、私はすっと意識を失った。
♦♢♦
それからは、不思議なことの連続だった。
意識が回復すると、支配の力は解かれており……そしてなぜか皆、私に支配されていたことを覚えていなかったのだ。
そして、眼の力も失われていた。
あれは夢だったのかと錯覚しそうにもなる。
けれど、私の中には支配の感情は消えることはなかった。
「リューライト・シェイドとか言ったわよね……ふふっ、リュー君って呼んじゃお。私、貴方だけを支配したくなっちゃった」
―――この日、アリエスは恋の味を知ったのだ。
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