王女と初恋の幼馴染現る

 悪役として立ち振る舞っていくと決意を固めた翌日。

 リューライトは午後の授業で早速ピンチに見舞われることになった。


「今日は、王女様が直々に来てくださるとのことだ。未来の騎士をこの眼で見ようと参じるらしい。くれぐれも失礼のない様にすることだ」


 実技担当の教師がそう突然のカミングアウトをしだしたのだ。

 突然の爆弾発言に多くの生徒が目を見開き感嘆の声を上げていく。


(……王女様来るとか聞いてないって)

(でもこれ、アピールできるチャンスなんじゃ……)

(バカ野郎。そもそも第三クラスなんて見にこないだろ)


 ヒソヒソとした声が晴天下のなか埋め尽くされる。

 教師も生徒の気持ちが分かるからか、私語をとがめることはせず肩を竦めてみせていた。

 教師も教師で王女の来訪には緊張と不安が入り混じっているらしい……。


「……リューライト様。王女様が来られるそうですが、ここは頑張りたいところですね、お互い」

「…………」

「リュ、リューライト様……?」


 対するリューライトは別の意味で胃が痛い想いを抱えていた。


(嘘だろ。アニエス王女が来るとか聞いてないんだが……)


 悩みや問題を抱えていたヒロインの一人、それがアニエス王女だった。

 彼女の問題解決にも苦労を費やしたリューライトであるが、それ以上に困惑が隠せないでいたのだ。


(原作では、学園に王女が来るイベントはなかったよな……あくまで主人公のルクスが向こうに赴くだけだったというか)


 何せ向こうは王女。

 色々と制限が多い生活を強いられているに違いない。

 でも、だからこそ……リューライトはシナリオが大幅に変わっていることをここで再認識した。


(……やっぱり、今後なにが起こるのかは未知だな。何かまた問題が起きた時にはいつでも対応できる様に、自分を律しヒロイン達に振り回されない様にしないとな)


 ふと頭によぎるのは、シューラとサレナの二人。

 従者のミリヤは慕ってくれているのでまだいいが……あの二人、特にシューラは揶揄ってくることが必要以上に多かったのだ。


♦♢♦


 ―—これは今日交わした、シューラとの会話のこと。


『ねえ、リューライト。昨日、私が作ったデザート食べてくれたんだってね。あんたの従者が教えてくれたわ。ありがと』

『……あ、……ゴホン。ま、まあ鍛錬の前に丁度いい糖分であったからな』

『……クスクス。(今更、悪ぶるなんていつまで持つのかしら)』

『なぜ、笑う?』

『ううん、何でもないわ。ありがと』


 柔和な笑みを浮かべるシューラにリューライトは釘をさすことに。

 甘やかしたい、なんて告白を彼女に受けたからには彼女を少しでも遠ざけておく必要があるからだ。

 言い方的に申し訳ないが、鍛錬の邪魔になる恐れが大いにあるからである。

 そのため、わざと悪人っぽい声音を演出して告げた。


『……いいか? 俺は昨日も言った通り掌を返してくるお前たちの反応を見たくて今まで立ち回っていて、だな。あまり俺に関わらない方がいいんだぞ?』

『うん、分かってるから』

 と、即答で柔和な笑みを崩さないシューラ。

 ましてやどこかこの状況を楽しんでいる様にも取れた。

 リューライトは思わず内心で突っ込まざるを得なかった。


(あ、シューラ……全然分かってない)


♦♢♦


 そんなやり取りもあり、今やヒロイン達に振り回されている現状であるからこそ、リューライトは気を引き締める。 

 このまま、ヒロインの誘惑に負けることがあれば自分は堕落の一歩を辿るだけに違いないのだ。

 と、そんな決意を表情に表すとそこでルクスが自分に声をかけてきていたことに気づいた。


「……ルクス君……いや、ルクス。悪いな考え事をしていた」

「その口調、今朝からずっとですけど何かに影響受けたんです?」

「いや、俺は元の悪にだな……今までがヌルすぎたから少しでも戻ろうと思ってな」


 本当はルクスに悪の姿を見せることには気が引けたが、シューラとサレナが同じクラスであるため……徹底した態度を見せる必要があった。

 リューライトの発言にルクスは顔を輝かせてうんうん、と一人その場で頷いてみせる。


「なるほど……今までがヌルすぎた、と。さすがです! リューライト様」

「……ふ、ふん。ま、まあな」


 腕を組んでドヤ顔を決め込むが何だろう。

 今のルクスは従者であるミリヤと同じ匂いをリューライトは感じ取った。

 もっとも、リューライトは気のせいと思い込むことにしたのだが……。

 実際はリューライトが感じた通りである。

 ルクスは内心で尊敬の眼差しをリューライトに向けていたのだ。


(……数々の苦難を乗り越え人を救ってきたことを俺は知っています。それでも、とリューライト様はおっしゃっているのです。普通なら、恩に着せたりしてもいいはずなのに、それでも高みを目指していらっしゃる……)


 自分の目指すべき人物像だ、とそうルクスは思わされていたのだ。

 と、そんなやり取りをかわしていると生徒と教師の震える姿が空間を、この場の空気を支配する。


 アニエス王女、その本人の登場である。

 そして、その側には—――。


(モニカ……天才騎士の一角、初めて見たぞ)

(凛々しすぎる……)


 モニカ・バレンデスト。

 リューライトの初恋の幼馴染が側にいたのだ。

 そして、王女と幼馴染はリューライトを確認すると、目配せをしだす。


(……こ~れ、ここにヒロインの二人がここに来た目的……俺じゃないか?)


 何でだ、とリューライトはますます焦りを覚えるのだった。

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