屋敷での一幕②

 一体、なんでこんなことになったんだ……。


「リューライト、お口開けて? ほら」


 リューライトは今、椅子に座らされシューラの手作りスイーツを口元に運ばれていた。


 見たところ生チョコが乗ったクッキーっぽくて美味しそうであるが、カロリーのお化け、塊である。


 それを『あ~ん』と美少女がどこか嬉しそうにリューライトが頬張るのを待っているのだ。


「いや、自分で食べれるから……」


 それに本音を言うなら食べたくはなかった。

 今やリューライトはダイエットをしている身。

 自分を追い込んでカロリーを制限する必要があるのだ。

 だが、シューラの手作りのスイーツはどう考えてもカロリーお化けそのものである。

 どうしたものか悩んでいると、それまでモジモジとしていた妹のサレナが顔をこちらに向けてきた。


「あ、兄貴。私もさ、作ったからこっちも食べて……!」


 赤と青で煌めくオッドアイが切なそうに揺らめいていた。


 なぜだろう。


 サレナも今こうしてみれば自分に好意を抱いてくれている様に思えた。

 が、サレナの作ったスイーツというのもこれまたカロリーの塊、チーズケーキである。


 今はダイエット中であるため、こういったスイーツは控えたいのが本音なのだが……。


 苦笑を零し、視線を外せばシューラがそこで口を挟んできた。


「……さっき言ったでしょ? 私、貴方を手に入れるって。私ね、貴方をうんと甘やかしたいの。こんな気持ちは初めてで自分でも気分が高まってるわ」

「……っ、な、なんで甘やかしたいってなるんだ」


 いくらなんでも話が飛躍しすぎだろ、とリューライトは突っ込みたくて仕方がなかったのだ。


「だって、リューライトを監視してきて私は感じたのよ。貴方を甘やかしてくれる人って全然いないでしょ……? いてもそこの従者くらいでしょ」

「わ、私だって……」


 と、サレナがその場で小声を挟むが、何でもないと零して話は戻る。


「それでも、頑張り続けている貴方を見ているとね。甘やかしたいって思ったわけ。だから食べなさい……ほら、あ~ん」

「………で、でもそれは元々は自分が蒔いた種だし」

「そう、だからこれは私が勝手にしてあげたいってだけ」


 だから、うんと甘やかされなさい……と言わんばかりにリューライトを堕落の一歩に進めさせようとしてくるシューラ。


 そんなシューラにサレナは顔を赤くし、唇をわなわなと震わせていた。

 従者であるミリヤは口角を少しだけ緩ませながらこの場では静観を続けている。


 リューライトは正直に言って気が気でなかった。


(確かにヒロイン達の問題は解決したけど……だからと言って今後何かが起こる可能性は否定できないしなぁ)


 原作のシナリオが今や破壊されてしまった以上、これからどうなるのかはリューライトにも未知なこと。


 ましてやこのエロゲの世界はラブコメがベースだがファンタジーな世界でもあるのだ。そのため、今後も鍛錬は欠かさず己を磨き上げていく必要がある。


(……あまり、この手は使いたくないけど仕方ない、か)


 決意を固めるとリューライトは額に手をやって悪人面を浮かべた。


「……俺はあのリューライト・シェイドだ。頑張ってる? 助けた? そんな人のために行動なんて俺はしない。勘違いはしないでくれ」


 あくまで自分の覇道を進むために。


 そう誇張してリューライトは悪人っぽい声音で伝えた。


 気持ちを弄ぶ様な真似はしたくなかったため……良心が痛むが仕方がない。

 今後、何が起こるか分からない未来のためにも甘やかされていくわけにはいかないのだ。

 と、自分に言い聞かせているとシューラもサレナもミリヤも目を丸くさせた。


 大いに失望させてしまったことだろう。


 しばらく居心地が悪かったが、沈黙を破ったのはシューラだった。


「ふ~ん、貴方はそんな態度を取るんだ」

「……っ」


 ニマニマと口角を緩めながら、シューラはリューライトのことをまじまじと見つめた。リューライトは以前の傲慢で高圧的な態度と口調を心掛けて発言をしたのだが、どうやらシューラにはお見通しだった様である。


(……照れてる。可愛い)


 そう、シューラはこれまでのリューライトをずっと監視し続けた身。

 彼の行動は優しさに溢れており……今の態度もどこか芝居がかっている様にしか見えなかったのである。

 対する従者であるミリヤもまた同じでリューライトの発言に一瞬驚きこそしたものの、照れ隠しであろう、と勝手に判断していた。


「……そういうわけだ。失望させて悪いが今日はお引き取り願おうか?」


 リューライトはあくまで傲慢な態度を崩さない様に心がける。

 それを確認すると、シューラは肩を震わせて家を後にしていった。


(……怒ってるよ、あれは。悪いことしちゃったけどあのまま受け流してたら本当にこれからずっと甘やかされそうだからなぁ)


 と、内心でシューラに謝りつつリューライトはシューラが怒っていると解釈したわけだが……実際には口角を緩ませて恍惚の表情をシューラは浮かべていたのだ。


(……『失望させて悪いが』ってさっきの発言はなに? 前のリューライトならそんな言い回ししないっての。優しさを隠してるつもり? ふふっ、可愛い……ますます欲しくなっちゃった。あ~もっと揶揄いたい……けど、今日は引き下がってあげるわ)


 と、シューラはクスクスと肩を揺らしていたのである。


♦♢♦


「……リューライト様、私はずっと貴方についていきます」


 シューラが帰った後のこと。

 従者であるミリヤが不意にそんなことを零してきた。

 きっと気を遣ってくれているのだろう。

 リューライトは悪人態度を取ってしまった以上、慣れないものの、その態度を崩せないでいた。


「……か、勝手にするんだな」

「はい」


 恭しく尊敬に瞳を輝かせるミリヤにリューライトは悪態をつくが、妹であるサレナは困惑に瞳を揺らしていた。


(せっかく作ってもらったんだし、食べないとだよなぁ)

 と、その想いからリューライトは顔を俯かせるサレナに声をかけた。


「……それを貸してくれ、サレナ」

「……えっ」

「……鍛錬の前に糖分は必要だからな」

「えっ……」


 カロリーの塊で正直言えばあまり食べたくはないがリューライトは厚意で作ってくれたものを無下にすることはできなかった。


 一つ、一つ、味わう様に咀嚼していく。


 そんなリューライトの姿にサレナは何とも言えない顔できょとんとリューライトの顔を凝視した。


「……ありがと、お兄ちゃん。一瞬でも疑ってごめんね」


「ん? 何か言ったか?」

「ううん、ごめん。兄貴……何でもないわ」


 くすっと笑ってみせたサレナの笑顔からリューライトは思わず顔を逸らした。


(悪役の態度を取る方向にしたはいいけど……なんでこんな笑顔を向けられるんだ? まあ、気のせいか……うん、そういうことにしておこう)

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