屋敷での一幕

 放課後を迎えた現在。


 実技科目を終えた生徒達は帰宅の準備を整え、それぞれが帰路につく。

 リューライトも実技で汗を流しながら、大きな屋敷へと帰宅した。


 いつもは一人で、あるいは偶に従者であるミリヤと一緒に帰宅するのだが……今日ばかりは違っていた様子。


 リューライトの右隣には艶やかな赤髪を揺らす美少女が確認された。


 彼女の名はシューラ・ミライト。


 放課後、彼女とは家に来る約束を取り付けてしまったため、彼女が横にいることは問題ではないのだが……。


(……サ、サレナの視線が痛い)


 リューライトを睨みつけるかの如く、サレナも今日はリューライトの左隣にいたのだ。


 サレナとは彼女が抱えていた問題を解決できたことから、距離が縮まったかと思っていたがそれは勘違いだったのかもしれない。


 ジトっと瞳を細めながら、咎める様な視線を先ほどから投げかけてくるのだ。


「……変に手を出したら許さないんだから」


 リューライトは思わず血の気が引いた。

 シューラに手を出すことは当然、考えにもなかったがどうやら自分は疑われているらしい。


 もっとも、その咎める様なサレナの視線と発言は全てがシューラに向けられたものだったが……リューライトは勝手にそれらは自分に向けられている、と勘違いを起こしているわけであるが。


「わ、分かってる。サレナ……大体、今の俺にはそんな根性ないから」

「っ……あ、当たり前でしょ!!」


 宥めるために、口を挟んだリューライトであったが逆効果だった様だ。

 サレナは顔を赤面させて声を荒げたのだ。


「……お、お兄ちゃんにそんなことさせるわけないから……」


 ぼそぼそとした小声はリューライトには届かなかったが、地雷を踏んだことはリューライトははっきりと伝わっていた。


(……何だかよく分からないけど、帰ったら鍛錬あるのみだな。そう、鍛錬鍛錬)


 ヒロイン達の悩みを解決した現在。

 リューライトにはひっそりとした目標があったのだ。

 それは主人公と肩を並べて立派な騎士となること。

 自身の破滅フラグは大方は叩き折った気はするが、油断は禁物だろう。

 日々、切磋琢磨し己を磨き上げる。

 そのためには、まず完全に痩せていく必要があるのだ。

 そう、自身に言い聞かせとりあえず居心地の悪さを紛らわせようとリューライトは考えたのだった。



 帰宅すると、ミリヤが快く客人であるシューラ、そしてサレナ、リューライトをもてなした。


 シューラとサレナはなぜか台所へと足を運び、それを少し遠目に確認しているとミリヤが声をかけてくる。


「お帰りなさいませ……そして、リューライト様はさすがです」

「これの何がさすがなのか教えて欲しいんだけど……」


 屋敷内では甘い匂いが漂い始めている。

 どうにもデザート作りにシューラとサレナは励みだした様だった。

 どういう意図かは分からないが、早速リューライトは鍛錬をしに庭に出ようとする。


「リューライト様がそういう姿であるからこそ、あのお二方は頑張っているのだと思います」

「……な、なるほど?」


 言っている意味が分からず首を傾げると、遠くからシューラが声をかけてきた。


「リューライトはその場で待ってて……もうすぐで出来るから」

「えっ……」

「あら、そういえば伝えてなかったわね。今日は私、お得意のデザートを食べて貰って貴方にお礼をしようと思ってたんだけど」


 初耳である。

 そしてお礼はミリヤではなく自分に。

 一体どういうことなのだろうか。


 答えを示し表すかの様にそこでミリヤが恭しく頭を下げてきた。


「実はあの誘拐事件があった際、私の方からリューライト様が全て助けた、とお伝えしました……私はリューライト様の陰、そして剣ですので……私の功績はリューライト様のもの」

「……ふぇ、ふぇっ?」


 ふりふり。

 ふりふり。


 困惑を隠せないリューライトを差し置いて、ミリヤは頭をなでて欲しそうに、そして褒めて欲しそうに身体をもじもじとさせる。


 リューライトは唖然とする他なかったが、ことの重大さを理解すれば思わず詰め寄って口を開く。


「俺はあくまで精神的にサポートするだけだったけど、まさか王女様方たちにも、ミリヤの功績は俺のものとしたのか……!?」

「はい、当然でございます」


 即答するミリヤである。

 リューライトはもの欲しそうなミリヤの圧に負けてその場では空気を読むことに。


「……よ、良くやってくれたな。うん、タスカッタヨ」

「はい、身に余る光栄です……!」


 瞳に光を宿らせてミリヤは頷いた。

 そんな中、リューライトは内心で額に指をあてる他ない……。


(……まずい、あまりにまずすぎる)


 ヒロイン達の問題は今や全て自分が解決したことにされたわけだ。

 それは原作を知るリューライトからすれば溜まったことではない。


 ―—なぜなら。


(この世界のヒロイン達って……可愛いけど、どこかぶっとんでるっていうか……ちょっと怖いとこがあるんだよなぁ)


 それはいわば直感。

 原作をプレイしていた時には感じないように潜在的に意識していたのだが、実のところ、ヒロイン達には何か危うさを感じていたのだ。


 と、そんなことを思い返しているとシューラが小悪魔な笑みを浮かべてデザートを食卓に並べた。


「あ〜、そこの従者に話を聞いたんなら、話は早いわね……私、貴方を手に入れるから」


 今まで嫌われていた分、好意に変わればその効力は絶大。


 側で『な……何、言ってんの!』と咎めるサレナだが瞳の奥に宿るはシューラのそれと同じものだった。


(……待ってくれ。ホントに待ってくれ……これまずくないか?)


 リューライトの脳裏に浮かぶのは、これまで助けたヒロイン達。

 先の未来を想像すると、思わずリューライトはぞっと背筋を震わせた。

 

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