シューラ①

 ———2ヶ月ほどが経って、ヒロイン達の問題は一通り全てを解決することができた。


 従者であるミリヤの存在は心強く、ヒロイン達が胸の内に抱えている闇をなんとか取り払えたのだ。


 勿論、大変なこともあったが原作を知っているため……今や幼馴染と付き合い、幸せそうなルクスだが、彼が原作内でヒロイン達にかけていたセリフやサポートの振る舞いをした結果、口下手なリューライトでもヒロイン達を助けることに成功したのである。


 ようやく、肩の重荷が外れ、これからは真っ当に生きて慎ましい生活を送れると思うリューライトであったが……。


 彼の思った通りに事態は中々動いてくれなかった。


 学園。

 朝のホームルーム前のこと。


 学園ではリューライトが以前とは違っている、とすでに周知されたのか特に奇異な視線を向けてくる生徒はもう見られない。


 クラスメイトの二名を除いては……。

 一人は実の妹であるサレナ。

 時々、こちらを妙に熱っぽい視線で見つめてきては、目が合うとぷいっと視線を外してくる。


(……何か俺、悪いことしたっけなぁ……)


 全く身に覚えがないが、サレナの紅潮した顔つきを見る限り怒らせているのは違いないだろう。


 さて、二人目はシューラ・ミライト。

 彼女は誘拐されそうになっていたところを未然に助けたヒロインである。

 ここのところ、視線を感じることはあったが接触自体はしてこなかった彼女。

 リューライトの不真面目から真面目の移行ぶりに心底驚いて、視線を向けてきたと思ったのだが………。

 意外なことに今日初めて、シューラはリューライトに絡んでくるのだ。


「ねぇ、リューライト」


 鈴を転がす様な声音でシューラはリューライトの名を口にする。


「え………あ、あぁおはよう」


 まさか声をかけてくるとは思わず、リューライトは思わず反応に遅れてしまう。


「えぇ、ごきげんよう……それにしても、この視線の数は凄いわね」


 自分から声をかけてきたはずなのに、シューラは驚きを隠せない様だった。

 それも無理ないことだろう。

 クラスメイト達がこぞって混乱を深めていたのだから———。


(シュ、シューラさんが……リューライトに絡みにいってるぞ……)

(リューライト……弱みを握ったりでもしたんじゃ……)

(ここ最近、大人しいと思ってたけどやっぱり悪の道を突き進もうとしてるって絶対‼︎)


 ヒソヒソとした声にならない生徒達の会話はリューライトの耳には届かないものの、良くない話をされているのだけは分かる。


 そんな生徒達をギロリ、とシューラは一眼向けてそれからリューライトに向き直る。


「さて、本題なんだけど……実は私、あなたをここ二ヶ月ほどかしら……。監視していたのよ」


(えぇ……ストーカー発言!?)

 と、リューライトは身構えるとすぐさま取り繕うかの様に弁明をシューラはしてきた。


「いや、違うから‼︎ 別に変な意味はないわ。ただ貴方が変わったのを見てずっと疑ってたわけ」


 傲慢で高圧的な態度を誰に対しても取り続けていたリューライト。

 それが真面目に学園に毎日登校するは、授業も真面目に受けるやらで知らぬ間に彼女の関心を集めていたらしい。


「あははっ、そんな取り繕わなくても大丈夫だって。俺が変わったって確信持ったからわざわざ話しかけてくれたわけだろ?」

「………お、怒らないわけ?」


 シューラはスカートの裾をきゅいっと摘んで顔を俯かせる。


「え、なんでだ?」

「だって、私はずっと貴方を疑ってたから。ようやく確信を持てたから話せているけれどね」

「要は疑われ続けてたから怒らないかってこと?」

「えぇ、そうよ。私は少し前から貴方に関心こそあったけど……それは誰かの気持ちを弄ぶ行為に心の中では思えてならなかったの。だから静観して監視し続けてた。でも、それってリューライトからしたら気持ちの良いものではないでしょ?」

「それはそうだけど、これまでそう思わせる態度を見せてた俺が悪いんだから、シューラが謝る必要はどこにもないだろ」


 即答してシューラの瞳を見据えれば、彼女はビクリと背筋を震わせて口角を緩ませる。


(……えぇ、やっぱり思った通りだわ。リューライトを監視してから、数々の彼の善行で救われた女の子達を目撃してきたけれど……なによこれ。こんな気持ち……私は知らない。彼が欲しくて胸が疼いてる)


 と、内心でシューラは恍惚な表情を浮かべながら答えてくるのだ。


「……あ、あなたは間違いなく私も助けてくれた、そうでしょ?」


 確信を持った瞳で逃がさないと訴えかけてくるシューラ。

 思わずリューライトはぞっと身の毛がよだつ。


「え……いやぁそれは俺じゃないよ」


 実際、シューラの誘拐を助けたのは従者であるミリヤ本人なのだ。リューライト自身が助けたわけではない。


「ふふっ、照れちゃって。言い逃れなんてできないんだから」


 そう言って、シューラはリューライトの机に座ってニヤリと笑みを浮かべる。


(目のやり場に困るからその体勢はやめてほしいな………)


 と、太ももの刺激にリューライトは耐えかねていると続くシューラの発言に彼は唖然とする他ないのである。


「私、決めた。今日の放課後、貴方の家に行ってもいい?」

「まぁ、別に問題ないけど……」


(……きっとミリヤの正体がバレちゃっててお礼が言いたいんだろうしなぁ)


 ミリヤにはシューラに引き抜かれないために、正体を隠してもらう様に努めて、誘拐を未然に防いで貰ったのが……シューラはそれを見抜いている様な気がしてならなかった。


 ミリヤと接触を図り感謝を伝えたいということなら、屋敷にまで来るのがベストだろう。

 ……もっとも、ミリヤの引き抜きは遠慮願いたいが。


 そう思いリューライトは許可したのだが、どうやら実際は違ったらしい。


「ありがと。私に貴方を疑った罰償わせてね」


 やけに妖艶さを醸し出す色っぽい声音で発言するのは勘弁して欲しかった。


 …………そんな言い方をされると。


(おいおい、弱みを握って脅してるぞ……リューライトのやつ)

(家に呼び込んで一体何をするつもりなのかしら……)

(ゲスすぎるぞ、ゲスすぎる)


 と、そんな生徒達からの侮蔑の視線を感じ取ったリューライトは思わず項垂れる。


(え、改心してるはずなのに……なぜか居心地が悪い……一体全体なんでなんだ!!)

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