学園の開幕

 ―――貴族学園の中でも最大の規模を持つ王都にある学園、ランゼドー学園。


 紳士淑女を育成するために設けられた学園で、変わっていることと言えば身分差を気にせず実力ある者なら国内・国外を問わず歓迎するといった形式を取っていることだろう。


 つまり、貴族学園のはずなのに実力さえあれば平民でも入学自体は可能なのだ。

 もっとも、それでも身分社会は根強いため、白い目で見られることには変わりないのだが……。


 元がエロゲ世界なので突っ込むのは野暮だろうけど、そんな実力世界の学園でよくリューライトは怠けられたな、と感心する。


 逆に主人公は平民からこの学園に来てその身分から最初こそ虐げられながらも、成長していき、その過程の中でヒロイン達と愛を育んでいく。

 まったく、リューライトとは大違いだ。不遇すぎない? いや、もう他人事じゃないけどさ。


 さて、そんな実力世界な学園の中、二年のある教室では一人の男子生徒に注目が集まっていた。


(おい……あの豚貴族が登校してきたぞ)

(……りゅ、りゅ、リューライトに聞かれたらどうすんだよ)

(マジで権力を盾に潰されるわよ……)


 生徒達が声にならない叫びをヒソヒソと教室内に木霊させた。

 登校する時から覚悟はしていたが、散々の噂のされ様である。

 それは単にリューライトが登校してきたからではなかった。

 リューライトの容貌、それがヒソヒソ話をさらに増長させていたのだ。


(……あの髪の手入れ、普通じゃないって。一体何を考えてるんだ?)

(悪のカリスマにでもなろうとしてるんじゃない? 学園を掌握しようとかさ!?)

(カリスマ? あの豚が無理―――って。ちょ、やばっ……席座りに来たって道を空けるぞ、お前らっ!?)


「あっ、おはよ―――」


 怯えてすっと道を譲った連中に苦笑を零しながら席につく。

(……挨拶をしようにもあそこまで怯えられたら声を出そうにも出せないって)

 声をかけないで! 関わってこないで! のオーラが凄まじい。

 怯えた視線の中には明らかな侮蔑を含んだものも確認が取れた。

 こんな邪険とする腫物扱いを受けてしまうとリューライトが取れる方法は只一つ。


 机に頭を突っ伏せる―――そう、寝たフリである。


 自分に嫌な注目が集まっている中、なるべくその視線を緩和できる方法は今のところ気配を消すことだけだった。


 しばらく顔を突っ伏せているとリューライトに興味がなくなったのか、今度は中庭の方に関心が集まった様だ。

 中庭にはずっと一心不乱に剣を振り続ける一人の男子生徒が確認される。


「……ルクスのやつ、見てみろよ。才能ねえのにずっと剣ふってらあ」

「それ。飽きもせずに感心するよ、あそこまで毎日だと、さ」

「あいつに剣の道は無理に決まってるのにな」


 席近くでそんな生徒達の声がリューライトの耳に届いた。

 すると、リューライトは寝たフリをすぐ止めて席を立ちあがる。

 そして、一目散に中庭の方に駆けていった。


(―—そうだ、ミリヤに頼らずとも俺は今はと同じ立場だ)


 そう、今話題の渦中にあるのはルクス・アルセント。他ならぬこのエロゲの主人公、その当人である。


 現時点では彼も生徒の多くにバカにされ、全然誰も関わってこようとしない状態にあった。

 だったら―――。


(友達になれる絶好の機会じゃないか! 今、動かないでどうする!)


 重い身体ではあるものの、筋肉痛にうめきながらリューライトは瞳を輝かせた。

 その奇怪なリューライトの行動に困惑が隠せない生徒達は—――。


(りゅ、リューライト……何を企んでんだ?)

(あの髪といい、あの行動といい一体何なんだ……)

(それに遮ったけどさ、あいつ俺たちに挨拶しようとしてなかったか?)

(ははは、そんな馬鹿なことあるわけないだろ)


 と、リューライトの話題で教室は満ちたのだった。


♦♢♦

 

 リューライトが中庭に駆けだしたのを確認した時のこと。


「サレナ。一体全体どういうこと? あんたのお兄さんのこと聞きたいんだけど」

「私だって知らない……大体、なんでシューラが興味持つわけ? 兄貴のことめちゃ嫌ってた印象だけど」

「……っ。それはこの際いいとして何か様子が変だったから気になるのよ」


 侯爵家の長女、シューラ・ミライトは同じクラスであるリューライトの実の妹のサレナに尋ねていた。


 実はリューライトとこの二人は同じクラス。


 先日、黒いマントを羽織った何者かにリューライトの名を告げられたことで、シューラはこの教室の誰よりもリューライトのことを盗み見ていたのだ。


 明らかに纏っている雰囲気が以前とは異なっている。

 前まではもっと人を馬鹿にするような、見下すような感じだったのが今は穏やかなものになっていたため彼女は動揺を隠せなかったのだ。


 そのため、友達であるサレナに尋ねたのだが……。


「……新しい遊びじゃない? 私は簡単に兄貴が変わったとは思わないけど」


 言葉では言い切っているがどこかその語気は弱弱しい。

 そのスキを見抜いたシューラはサレナに詰め寄った。


「お兄さんって、今は家だとどんな感じなの?」

「………そ、それは家だとずっと筋トレしてる。でも今のところはそれだけだから!」

「…………い、今のところは?」

「そう、今のところは!」

「…………」


 シューラは素直じゃないサレナのことを知っている。

 そんなサレナをここまで言わしめるほどにリューライトは変わっているということだろう。


(ふ~ん。面白いじゃない……)


 悪戯っ子が浮かべる様な笑みを内心でシューラは浮かべてみせた。

 

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