学園への朝

 ミリヤに現場を任せることにはしたのだが、どうやらシューラの誘拐事件を未然に防ぐことができたらしい。


 彼女ほどの実力を持つならあれくらいの相手が敵にならないことは分かっていたが、どうにも従者―—ミリヤの様子がおかしい……。


 昨日の誘拐の一件を経た、翌日のこと。

 春休みが明けて今日から学園生活がスタートする。

 転生・憑依をしてからは初めての学校になるため、リューライトもとい悠斗は気持ちを昂らせていたのだが……。


「ミ、ミリヤ……こ、これは一体?」

「リューライト様が改心なされてから初めての登校となるのです。身なりから整えるのは普通のことかと」

「……かといって、これは気合いが入りすぎじゃないか?」


 豪奢な洗面台の前で青い髪がミリヤの手で綺麗に整えられていた。


 それだけではない。

 制服も心なしか輝いてみえ、まるで新品そのものだ。

 恐らくミリヤが入念にクリーニングでもして制服を綺麗にしてくれたのだろう。


 リューライト以上にミリヤは新たな主人の門出に張り切りを見せている様だった。


(……その気遣いと忠誠は有り難いけど、尊敬の眼差しに変わりすぎじゃないか?)


 ミリヤの態度が明らかに変わっているのは明白だ。

 何か心境の変化があったのだろうが、その変貌ぶりにリューライトは苦笑を浮かべざるを得ない。


「気合いが入るのも当然です。リューライト様は今は学園中の生徒達から煙たがられてしまっていますので」

「気遣いは嬉しいけど、それは元々は自分が蒔いた種だから気にする必要はないって」

「……それはそうかもしれませんが」


 自分にできることはしたい、といった決意に満ちた瞳をリューライトは感じ取った。


 何が彼女をここまで変えたのだろうか。


 昨日までは、傲慢な人柄が変わったことに対して驚きこそはしていたが、ここまで瞳を忠誠や尊敬に輝かせることはなかったはずだ。


「何か大きなきっかけでもあったのか?」


 思わず気になったことを彼女に尋ねる。

 すると、ミリヤは少しだけ表情を朱に染めてから口を開いた。


「いくら正夢を見られたとしても、他人のために頑張ろうとする姿に私は驚きました……それに」


 そこでもじもじと身体を揺らすミリヤ。

 言いにくそうにしながらも、嬉しそうな表情で答えた。


「……リューライト様があんな昔のことを覚えてくださっていて嬉しかったんです。私が苺好きなことは幼いリューライト様だけにしか伝えていませんでしたから……」

「……え?」


 リューライトは思わず呆けた声を漏らした。

 戸惑いが隠せず首を傾げることしかできない。

 ミリヤが苺好きでそれを子供っぽくて恥ずかしいと思い込んでいる、という彼女の設定はあくまでも原作をプレイしていたから知っていた話。

 だが、ミリヤの口ぶりからするに幼い頃のリューライトとミリヤでそのことは‘秘密‘とされていたらしい。

 黙り込むリューライトにミリヤは続ける。


「幼いころ、私達だけの秘密として共有した話を覚えていてくださったのですから、あの頃のリューライト様が戻ってきたのだと、私は感銘を受けたのです……!」


 恍惚そうな表情を浮かべるミリヤへの返答にリューライトは困った。

 その時である。電流が走り頭がズキっと痛んだのだ。

 突如として頭に流れてくるのはミリヤとのとあるやり取り。


『リューライト様は秘密の話も……忘れてしまわれたのですか……?』


 涙目を浮かべるミリヤと傲慢な態度で片眉を吊り上げるリューライト。


『はあ? 秘密? お前と秘密の話なんて一度もしたことがないだろ』


 自暴自棄に陥り不良に成り下がっていた頃のリューライトとミリヤのそんな断片的な一部のやり取りが頭に流れ込んできたのだ。


「……どうされたんですか?」

「いや、ホントにごめん。傷つけてしまって」


 途端に謝ると、ミリヤはゆっくりと頷く。


「……立ち直られたので本当に良かったです。私も出来る限りのサポートはいたしますので」


 今更言えるはずもない。

 幼い頃の話なんてミリヤとした覚えがないことは。

 偶然が重なり彼女が勘違いをしていることは。

 だが、リューライトは首を振ってから真っ直ぐミリヤの瞳を見据えて答えるのだ。


「……気持ちは嬉しいけど、これはやっぱり俺が解決しないといけない問題だから、ミリヤが無理することはないからな……」

「……っ」


 自分がしたことのツケは自分で返さなければならない。

 もっとも、リューライトにはもう一つ別の理由があって自分の学園での悪評を払拭させまいとする理由があった。


(……あまりにシナリオが原作と変わってしまうと、ヒロイン達の問題も解決できそうになかったりするからな)


 ここ数日、春休みの間で考えた結論がこれだった。

 自分があまりに介入することでシナリオが大きく変わりすぎることをリューライトは恐れたのである。

 もっとも、そのことに気づいたのはミリヤの変貌を目撃したからではあるのだが……。

 何はともあれ、あまり目立つことなくヒロイン達を助けることにしようと考えたわけだった。


(それに……暗躍ってなんか響きがカッコいいしな)


 ファンタジー世界に造詣の深い悠斗の想いもあって、そう決断したのである。

 と、身なりが整ったところで妹であるサレナが洗面台にやってきた。

 ふんっと鼻息を鳴らしてから、トゲのある言葉を漏らしてくる。


「……私は認めないから。兄貴って整えたところでキモいだけだからね」


 赤と青のオッドアイで睨みを効かしてからサレナはその場を後にする。

 気にかけた従者のミリヤが心配そうな声音で声を漏らした。


「いずれサレナ様も分かっていただけると思いますから」

「あはは、まあ言ってることは間違ってないし」


 鏡に映る自分はまだ豚の姿そのもの。

 いずれ痩せてみせる、と妹の辛辣な言葉を受けて再度誓ったリューライトは学園に向かう準備を整えるのだった。


♦♢♦


 豪奢な赤の髪を靡かせ、紅玉の瞳で資料を見つめる少女は唇を尖らせ何度目か分からないため息をこぼしていた。


「……リューライト・シェイドって悪評まみれで最凶の貴族って言われてるあのリューライトでしょ? 一体全体どういうことよ……」


 シューラ・ミライト。

 彼女はリューライトと同じ学生であった。

 そのため、颯爽と助けてくれ『リューライト』の名を零して去った者のことが頭から離れていなかった。


「学校で会うことがあれば、問い詰めてやろうかしら」


 シューラもそんな決意を胸に学校へと向かう準備を進めるのだった。

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